脳は美しい小宇宙だ。しかし、極めて複雑な器官であり、その仕組みはほとんど解明されていない。それは脳の病気についても言えることだ。炎症が脳疾患を引き起こし、進行させるということは、医学界の常識となっているが、データが乏しいせいで、詳細はまだわかっていない。健全な脳を持ち続ける人もいれば、若いうちから脳の機能が衰える人がいるのはなぜだろう。20世紀にその研究が進まなかったのは、一つには、提供される脳が少なかったからだ。しかし、ありがたいことに、わずかながら善意あふれる提供者もいた。

 これまでに行われた脳の研究の中で、最も興味がそそられるのは、ケンタッキー大学のデビッド・スノードンが1986年に始めた修道女の研究である。スノードンは、年老いた後も上質な生活を送る秘訣を探ろうと、数百人の修道女を追跡調査した。修道女たちは、知能検査を受け、質問表に答え、死後に脳を提供することに同意した。アルツハイマーになっているかどうかを調べるためだ。修道女たちはこんなジョークを言い交わした。「私たちが死ねば、魂は天国へ行くでしょう。でも脳はケンタッキーへ行くのよ」。

 長期的に比較研究する対照として、修道女は理想的だった。収入、妊娠、喫煙、飲酒などの個人差がほとんどなく、誰もが同じような生活を送っているからだ。実験の経緯をまとめた著書『100歳の美しい脳』(Aging with Grace)において、スノードンは、前向きな姿勢を保ち、精神的に活発な生活を送ることが、認知症予防の秘訣だ、と述べている。また、修道院に入ることを志願した時の自己紹介の文章にどのくらい活力があり、また、複雑であるかによって、将来アルツハイマーになるかどうかが予測できる、と書いている。重厚で思慮深い文章を書いた女性のほうが、単調な文章を書いた女性より、認知症になりにくかったのだ。

 有名になったこの修道女研究は、今も続いている。また、わずかながら、全国規模の研究も行われるようになった。何年にもわたる記憶力テストや健康診断のデータを備えた脳が、研究に提供されるようになったのだ。2009年、ラッシュ大学の研究者らは、米国国立衛生研究所(NIH)から約5500万ドルの助成金を得て、エピジェネティックな変化が記憶形成や認知機能低下にどう影響するかについて研究し始めた。エピジェネティックな変化とは、食事、加齢、ストレス、環境によって起きる遺伝子の化学的修飾である。

 その研究では、すでにいくつか驚くべき発見があった。一つは、ラッシュ大学アルツハイマー・センター長の神経科医デビッド・ベネットが「神経の蓄え」と名づけたものだ。記憶力をしっかりと保ったまま亡くなった人の脳を、高性能顕微鏡で調べたところ、三つに一つは、アルツハイマーの兆候が現れていた。つまり、それらの脳は、アミロイド斑や神経原線維のもつれが見られるものの、比較的良好な機能を保っていたのだ。「斑(プラーク)」とか、「もつれ」といった名称は、脳に貼りついたり、神経細胞をもつれさせたりして、その機能を破壊する、というこの病気のイメージにぴったりだ。