私たちは、がんを「名詞」として捉えることによって、それを誤解している。がんは、「手に入れる」あるいは「持つ」ものではなく、体が「なっている」状態である。したがって、たとえば、「家に漏れた水がある」とは言わず、「うちの配管は漏れている」と言うのと同じで、「誰それはがんを持っている」と言うのではなく、「誰それはがんになっている」と言うべきなのだ。そして、おそらく私たちは常にがんになっているが、体がさまざまな方法でそれをチェックし、コントロール不能な段階に進まないようにしているのである。がんをコントロールしているのは細胞同士の会話であり、その言葉は、あなたのタンパク質に書き込まれている。

 タンパク質は、細胞内で起きるあらゆるプロセスに関わっている。それには細胞同士の情報伝達や、生物学的イベントの調整も含まれ、そのような作用を通じて、タンパク質は、健康と病気の状態に大きく影響している。タンパク質の研究は、プロテオミクスと呼ばれる新分野で活発に進められており、その分野の中心部では、タンパク質がどのようにして体の言語を作り出すかが研究されている。プロテオミクスは、細胞の会話を聞くことを可能にし、他の疾患や不調だけでなく、がんにも、より良い治療法をもたらすと期待されている。

 私たちのDNAは静的だが、タンパク質は動的である。タンパク質は、体内の変化に応じて時々刻々と変化する。あなたのDNAを調べても、さっきワインを飲んだかどうか、昨晩はよく眠れたか、最後に食事したのはいつか、多大なストレスを受けているか、といったことはわからないが、あなたのタンパク質はそのすべてを語ってくれる。プロテオミクスによって、私はあなたの体の「状態」を知ることができる。あなたが食べたものから、飲んでいる薬の効き具合、さらには長時間の運動の影響までわかるのだ。それは、言うなれば高度2000フィートからの眺めであり、DNAからだけでは得られない情報である。

 プロテオミクスは間違いなく未来の健康を変え、未来の医学を変えるだろう。がん、リウマチ性関節炎、線維筋痛症などの自己免疫疾患、あるいは、説明のつかない慢性的な痛みや神経障害などが体のシステムを破壊している時に、体内のタンパク質がどのように相互作用し、変化しているかがわかれば、むやみに病気と戦うのではなく、適切な治療を施し、苦痛を終わらせることができるはずだ。これまで医療は、もっぱら薬に頼ってきた。薬を飲めば、病気の症状(身体システムの障害や故障)が、ぴたりと消えるというのは、確かに驚くべきことだ。先に述べたように、このアプローチは、体内に侵入者がいる場合は極めて効果的だ。また、健康に欠かせない何かが不足している時に、薬でそれを補うというのも、等しく効果がある。

 ゆえに、私たちはこれまでずっと「特効薬」を探し求めてきた。しかし、それはごくまれにしか見つからず、もしかしたら、すでに出尽くしてしまったかもしれない。近年、本当に病気を治せる新薬はほとんど見つかっておらず、製薬業界はいくぶん沈滞気味だ。おそらく私たちは、手の届くところにある果実を採りつくしてしまったのだ。それでもなお特効薬探しを続けるのは、時間とお金と資源の無駄だろう。私たちに必要なのは、これまでとは違うアプローチ、新しいモデルなのだ。

 体を複雑なシステムとしてモデル化すれば、構成要素のすべてを理解できなくても、体をうまくコントロールすれば、望ましい結果が出せるかもしれない。そうすれば、がんの本質も理解できるようになるだろう。(次回に続く)