ホールデンは、自らの考えを述べるなかで、細菌説に関して、驚くべき予言をした。「それは、医学にとって災いである。なぜなら、私たちは細菌にばかり関心を寄せるようになり、体のシステムを忘れようとしているからだ」。今からおよそ90年も前に、彼は真実を述べたのだった。社会も人々も、健康を害する「犯人」捜しに明け暮れるうちに、すべての病気は外からやってくると思い込むようになった。しかしそれは、細菌とは無関係の、私たちの内側の世界だけに関わる病気については、完全な間違いだった。

 細菌説は、がんなどの治療にとっては災厄となった。なぜなら、科学者も一般の人々も、がんなどの病気を感染症のように見なし始めたからだ。その考え方は根づき、それに沿った治療方法が確立され、今日まで続いている。

 病院を訪れた患者は、診断を受け、カテゴリに分類され(たとえば、糖尿病か、セリアック病か、というように)、その後、その病気に効き目があるとされている治療を受ける(たとえば、インスリンによる制御か、グルテンの回避か、というように)。がんの場合、医師はそれを侵入者と見なし、それを切り取るか、壊そうとする。具体的にどうするかは、がんのある部位によって決まる。

 しかし、がんは、感染症のような単純な病気ではない。感染症の場合、診断と分類が重要となる。なぜなら、感染症はウイルスや細菌が原因であるため、侵入者が何者であり、どのように殺せばよいかがわかれば、私たちは勝利を収めることができるからだ。侵入者を測る物差しさえあればいいのだ。しかし、がんなどの病気では、たとえば病気に冒されている細胞、それが関係する臓器、近くにあるほかの臓器、体全体など、複数の物差しを用意しなくてはならない。もはや、1対1の戦いではなく、また、単一の武器で対処できる戦いでもないのだ。それは泥沼化した戦争のようなもので、小規模な衝突も起きれば、国境をまたがる大きな戦闘も起きる。(次回に続く)