ところで、抗生物質や抗ウイルス剤は人間を標的にしているのではなく、外部から侵入する生物を狙っている。一方、スタチンは、人間のシステムを標的とするが、ある特定の場所や経路を変えてコレステロールを低下させるわけではない。それらはシステム全体に影響し、炎症を抑え、体内環境を丸ごと変えているのだ。ワクチンも体のシステムを標的とし、より巧妙な手段を採っている。外部の生物が侵入したかのような状況を作って、免疫システムを活性化させているのである。

 がんの最も油断ならないところは、私たちの細胞を狂わせて自己増殖することだ。外から病原菌や微生物が侵入したわけではない。がんは、すべての人の中で静かに眠っている巨人のようなものなのだ。ときどき、少しの間、目を覚まし、腫瘍と呼ばれる異常な細胞を作るが、たいていは、じきに人体の巧妙な兵器によっておとなしくさせられ、再び眠りに落ちる。しかし、時としてこの巨人が、門番の監視をすり抜けることがある。人体の防御メカニズムのどこかが壊れて、チェックや調整ができなくなり、腫瘍が成長し始めるのだ。確かにがんは、他の病気、特に外からの侵入者がもたらす病気に比べると治療が難しい。だが、そうだとしても、その理解と戦いにおいて、私たちが一向に前進できていないというのはどういうわけだろう。

 2009年、デンバーで開催された米国がん学会の会議で、私は数千人の医師や研究者を前にして、「私たちは、間違っていました」とはっきり言った。「細部に気を取られ、限られたテーマばかり追ううちに、私も含め、がんの研究者は皆、道を間違えてしまったのです。一歩下がって、否、2万5000フィートの高度から、この病気を眺めてみましょう」と私は続け、さらにその部屋の空気を乱す言葉を発した。「がんをコントロールするのに、がんを理解する必要はありません」と。聴衆のざわめきには明らかな非難が感じられたが、私は医師として、社会の一員として、私たちがどこで道に迷ったかをはっきりさせておく必要があった。それがわかれば、元の道に戻ることもできるからだ。加えて、自分の発言の根拠を述べる必要があったし、未来の希望につながるものをいくらかは提示しなければならないとわかっていた。そこで、私たちがある種の考え方になじんできたこと、その考え方のルーツは、はるか昔の発見にあることを語り始めた。(次回に続く)