世界の癌診療をリードするASCOだが、その米国では、癌関連の医療費急騰への対処が焦眉の課題だ。ASCOで発表された研究成果を日本に持ち帰ることは、高騰する医療費という課題も同時に持ち帰ることになる。

 「現在、米国では、癌に適応のある薬剤が約170種類、承認されている。しかし、国民すべてがこれらの治療薬を利用できているとは言えないのが現状だ。医療保険を持たない国民だけでなく、保険を有していても、高額な値段のために一部の薬を利用できない患者が存在する。医療コストを減らし、ケアの質を上げることが必要」。2008年から2009年のASCOの会長を務めるRichard Schilsky氏は、会長講演のなかでこう語った。

「医療費が治療法選択に影響」と会長講演で認める

 今、米国は、医療保険に加入している個人よりも、加入していない個人の方が圧倒的に多いという現実を抱えている。さらに、保険を有していても、自己負担分の医療費を支払えないために、標準治療とされる治療薬を利用できない患者が存在し、その割合は決して少なくない。加えて、米国民の自己破産の理由の約半分は医療費の支払いによるものであり、その内訳では癌関連が最も多いことも示されている。

 Schilsky氏は、「癌診療に関連するコストの増加率(15%)は、ヘルスケア全体のコスト増加率(6%)の2倍の勢いであり、我々も、コストの問題にチャレンジしなければならな
い」と語る。

 同氏は、今回の総会のテーマでもある個別化医療の推進が、効果が高い診療の提供とともに、無駄な医療費の削減につながると強調した。医療費問題を解決するためにも、さら
なる研究が必要という考えだ。

 その一方で、治療方針を決めるうえで、医療費を払えるかどうかは重要であるとの考えも示した。特に転移後の治療においては、「治療のゴールを決めること。最も効果が高く、
副作用が少なく、そして、支払い可能な治療法を選択すべき」とした。

 米国の癌診療において医療費は、効果、副作用に並んで、治療法を決めるうえで重要な要素となっていることを、会長自らが会長講演のなかで認めたわけだ。しかも、この考えは会長の個人的な意見ではなく、ASCOそのものの方針なのだ。

医療費に関する患者・家族向け冊子を配布
 ASCOは、2007年8月から、医療費問題に対処するためのタスクフォース(Cost of Cancer Care Task Force)を立ち上げ、活動を行っている。このタスクフォースの成果の一つとして、患者・家族向けの冊子「Managing the Cost of Cancer Care」が、今回のASCOに先立ち公表された(写真)。

 この冊子は、『癌診療のコストは高額になる可能性があります。予期せぬ出費がかさむこともあります。癌患者にとって、医療費は重荷であり、患者であるあなたや医師の治療法選択に医療費が影響することがあります』─という一文から始まる。

 そして、治療が始まる前に、どれくらいの費用がかかる予定なのか、また、出費を減らすための方法がないかを医療者に相談し、何らかのサポートについても問い合わせることを推奨している。

 またSchilsky氏は、2009年7月には、医療者向けの医療費に関するガイダンスを、ASCOの声明として学術誌Journal of Clinical Oncology誌に掲載予定であることも、明らかにした。

 この声明では、医療費の問題は診療を行ううえで重要な要素の一つであるとされ、治療法選択にコストの問題を組み入れる際に、医療者が参照できる理論的解釈が提供される予定だという。

 すなわち、ASCOはこれまでの議論に基づき、医療費は治療法を選択するうえで重要な要素であることを正式に表明し、そのことの普及を開始したのだ。

医療費に関する教育セッションを連日開催
 医療費の話題は、会長講演で取り上げられただけではない。今回のASCOでは、医療費に関する教育セッションが連日開催された。

 「新しい癌診療技術の費用と費用対効果」と題した教育セッションでは、米国Tufts Medical CenterのPeter Neumann氏が、ASCOの会員である医師を対象に行ったアンケート結果を紹介した(表1)。

 このアンケート調査は、癌診療の費用と費用対効果に関するオンコロジストの一般的な考えを調査することを目的に行われたもの。ランダムに抽出した1379人の米国在住のオンコロジストを対象に、ASCOのロゴ付き封書に入れたアンケートを送付した。

 その結果、789人(57%)の回答を得ている。オンコロジストの半数以上(56%)が、「新しい薬剤の費用が治療法選択に影響している」と回答し、「患者の自己負担額が治療法選択に影響している」と回答したオンコロジストは8割を超えていた。

 米国では、患者の有する医療保険の種類により治療法が変わるとよく言われるが、癌診療の現場でも、保険の種類、自己負担額を支払えるかどうかという患者の経済状況が治療法選択に大きく影を落としている現状が確認されたわけだ。

 Neumann氏は、「費用が治療法を薦める際に影響しているにも関わらず、米国のオンコロジストの多くは、医療費に関して患者と頻繁には話し合っていないことも明らかになった」と語り、お金のことを患者と話し合うのは、自分の仕事ではないと考えがちな医師が多いことを問題視する。

 治療法を決めるうえで重要な因子となっている医療費に関して、医師と患者が話し合わねばならない時期にきているというのが、Neumann氏の考えであり、ASCOが率先して医療費の話題を患者、医療者に語り始めた背景でもある。