癌治療に尽力する各地の薬剤師にスポットを当てるこのコーナー。第2回は日本医科大学付属病院薬剤部薬剤部長の片山志郎氏だ。



──日本医科大では薬剤部として緩和ケアに注力しています。緩和ケアに積極的に取り組むようになったきっかけをお聞かせください。

片山 86年にWHOのCancer Pain reliefがん性疼痛緩和のガイドライン)が発表され、癌の痛みはコントロールできるんだと新鮮な思いで当時内容を読んでいました。

 私自身は、入院調剤技術基本料100点が付く前から、個人的な興味で、薬剤師業務が終わった後、病棟に顔を出していました。米国で始まっていた臨床薬剤師に対するあこがれを持っていましたので、同じように薬剤師としての職能を病棟で生かしたいと考えていたのです。

 そんなとき、ある病棟の婦長が、病棟の廊下で私に、「あのうめき声は何か分かる?」と声をかけてきました。廊下を歩いていると患者の苦しむ声が聞こえるわけです。手術した患者が入院しているわけですし、重症の患者も多いわけですから、病棟というのはそういうものだと思っていました。しかし、婦長が教えてくれたのは、「癌の痛みを我慢している声」ということでした。Cancer Pain reliefが発表された後でしたが、日本ではまだほとんど広まっていない時期だったと思います。

──病棟に行くようになって臨床現場を知ることになったわけですね。

片山 そんな頃、100点が付くようになって、業務として病棟に行けるようになりました。そこで、Cancer Pain reliefを伝えていこうと考えたのが薬剤師として緩和ケアに取り組む最初でした。「WHOが出したものだから間違いはないだろう」と盲信していたので、Cancer Pain reliefだけを根拠に、緩和ケアの薬物情報提供をしていこうと考えたのです。

 でも、医師の最初の反応はそれはそれは大変なものでした。臨床からかけ離れたところにいた薬剤師が処方の提案をしたわけですからね。怒鳴られたことも多かった。ただ、私自身の性格からか、くじけることなく、「どうすればこの医師は話を聞いてくれるんだろうか」といろいろと考え続けていました。

 そうして何度も通っていると話を聞いてくれるようになります。そこで、あるとき、痛みを訴えている患者に対し、「現在、皮下注で投与しているモルヒネを、同じ量で構わないから持続点滴で投与してほしい。それだけでいいんです。そのときの患者の様子を見たいんです」と伝えたところ、半信半疑ながら対応してくれたんです。

 当時の添付文書に書かれた投与法では、急に血中濃度が上がってもうろうとなり、その後血中濃度が下がってまた痛むようになる。その繰り返しでした。

 結果は、痛みは完全に取れなかったものの、普通に会話ができるぐらいまで抑えることができたんです。それから医師と用量調整して痛みがコントロールできるようになりました。

 後日、調剤室にいたら、患者が亡くなったから病棟に来るようにと電話がありました。「怒られるのか」とドキドキしながら病棟に向かいましたよ。処方の根拠は「WHOだから」というぐらいで、自信満々だったわけではないので。

 しかし、病棟に着くなり、医師と看護師が揃って「ありがとう」と言ってくださったんです。「癌の終末期の患者を、患者のキャラクターを保った状態を亡くなるまでコントロールできたのは初めてだ」と。嬉しかったですね。これ以降、数多く声をかけていただけるようになりました。