Harvard大学医学部の研究者らは、尿中または摘出した乳癌組織に、リポカリン2と呼ばれる小さなたんぱく質が存在するかどうかを調べることにより、乳癌の悪性度を推定できる可能性を示した。詳細は米科学アカデミー紀要電子版に2009年2月23日に報告された。

 癌細胞が増殖と転移に向かうときには、正常な胚発生で見られると同様の過程、すなわち上皮間葉転換(EMT:細胞の表現型が上皮組織型から間葉組織型に変化し、細胞間の接着がゆるんで可動性を獲得、移動が可能になる現象)を通過する。細胞はより未分化な状態に戻り、増殖しやすく浸潤しやすい癌細胞に変わるというわけだ。

 Harvard大学のMarsha A. Moses氏らは世界で初めて、リポカリン2と呼ばれる小さなたんぱく質がヒトの乳癌細胞に上皮間葉転換を誘導すること、また、組織や尿中のリポカリン2を測定することによって癌の浸潤性を予測できる可能性を示した。

 研究者たちは最初に、浸潤性の高い乳癌の患者に由来する組織標本と尿標本を対象にリポカリン2を測定した。得られた結果は、リポカリン2レベルが一貫して上昇していることを示した。

 次に、リポカリン2が乳癌進行に果たす役割を調べるために、ヒト乳癌細胞にこのたんぱく質を過剰に発現させる実験を行った。すると、間葉系細胞のマーカー(ビメンチン、フィブロネクチンなど)の発現が上昇、反対に上皮系細胞のマーカー(E-カドヘリンなど)の発現は低下した。それらの細胞には、可動性と浸潤性の昂進が見られた。これらの変化は、上皮間葉転換が起きたことを意味する。

 逆に、悪性度の高い乳癌細胞においてリポカリン2の発現を抑制したところ、細胞の可動性は低下し、間葉系細胞の表現型は認められなくなった。

 さらに研究者たちは、リポカリン2を発現させると、エストロゲン受容体アルファの発現低下と、上皮間葉転換において重要な役割を果たすslug遺伝子の発現上昇が起こることも明らかにした。

 そこで、リポカリン2を発現している乳癌細胞に、エストロゲン受容体アルファを過剰発現させたところ、上皮間葉転換は認められなくなり、slugの発現レベルも低下した。これは、エストロゲン受容体アルファがリポカリン2に誘導される上皮間葉転換に対して負の調節を行うことを示唆する。

 最後に、リポカリン2を発現している乳癌細胞を動物モデルに移植する実験を行ったところ、リポカリン2発現乳癌は、分化度が低く、局所での浸潤性が高く、リンパ節転移を起こしやすいという特徴を持つことが明らかになった。

 得られた知見は、リポカリン2が、エストロゲン受容体アルファ/slugの発現制御を通じて上皮間葉転換を誘導することにより、乳癌の進行を促進している可能性を示した。

 また、リポカリン2レベルを測定する検査が予後予測に役立つ可能性と、リポカリン2自体が、悪性度の高い乳癌に対する新治療の開発において標的として有望である可能性も示唆された。

 Moses氏らは、リポカリン2以外にも尿中に存在する腫瘍マーカーを同定しており、すべてを米Predictive Biosciences社にライセンスしている。