HER2阻害薬の「ハーセプチン」や「ラパチニブ」の単剤投与に反応するのは、HER2陽性患者の約半数に留まる。また、いったんこれらの薬剤が奏効した患者が、やがて治療に抵抗性を示すことも少なくない。米Cold Spring Harbar Laboratoryの研究者たちは、細胞質チロシンキナーゼのBrkを標的とする治療が、こうした問題を乗り越えるきっかけになる可能性を示した。詳細は、米科学アカデミー紀要(PNAS誌)電子版に2008年8月21日に報告された。

 乳癌患者の約4分の1において、癌細胞に受容体チロシンキナーゼHER2の過剰発現が見られる。HER2は癌細胞の際限ない増殖を容易にするため、陽性患者の予後は悪い。

 研究グループを率いたSenthil Muthuswamy氏らは、HER2に作用する治療薬の効果が限られていることから、HER2以外の分子が単独またはHER2と共謀して「ハーセプチン」「ラパチニブ」の効果を打ち消しているのではないか、と考えた。

 実際に、HER2に増幅が生じている患者のゲノムでは、それ以外の領域にも変異が認められる。それらの中に共犯者がいると予想したMuthuswamy氏らが注目したのがBrkだ。Brkは、多くの癌で過剰発現が認められており、乳癌患者の2/3がBrk陽性との報告もある。

 著者らが、200人を越える乳癌患者由来の標本を対象にこれらの遺伝子のコピー数を調べたところ、両方の遺伝子に異常な増幅がある標本が数多く見られた。それらはHER2とBrkの両方を過剰に発現していた。

 同じ細胞内でHER2とBrkの産生を誘導すると、BrkがHER2の活性を増強するとともに、HER2を標的とする治療に対する抵抗性も与えることが明らかになった。

 Brkはそれ自身、際限のない増殖を刺激するわけではない、しかし、HER2発現細胞の細胞周期の回転を速めて、増殖を刺激する。癌細胞の増殖は、細胞周期の制御が効かなくなった結果だ。それをBrkがさらに加速していた。この状態をMuthuswamy氏は、HER2は自動車のアクセル、Brkはギヤのようなもの、と説明した。

 同氏らは、Brkの発現がHER2阻害薬の効果を小さくすることも発見した。これは、治療には、HER2を標的とする薬剤に加えてBrkの作用を阻害する薬剤も併用する必要があることを示唆している。

 Brkを標的とする薬剤は安全と考えられる。なぜなら、Brkは正常細胞の増殖に関与せず、正常細胞における発現は非増殖性の細胞に限定されているからだ。従って、その機能を阻害しても好ましくない反応は少ないと考えられる

 また、Brk阻害薬単独でも、HER2が奏効しない、またはHER2抵抗性となった腫瘍に有効な可能性もある。さらにBrkは、乳癌の診断や予後予測に有用なマーカーになると期待される。