がん研究会がん研究所の実験病理部長の広田亨氏。「HP1とAurora B複合体との結合を阻害する新薬が有望」と語る。

 がん細胞の手ごわさは進行に伴い増大するヘテロ性に負うところが大きい。その原因の1つが染色体不安定性という現象。このほど、がん細胞で染色体が不安定になる原因の一端をがん研がん研究所(東京都江東区)実験病理部客員研究員の阿部優介氏、同部長の広田亨氏らが解明し、3月7日に米国科学雑誌Developmental Cell誌に報告した。「このたんぱく質間相互作用を強く阻害するとがん細胞が死ぬと想定されることから、新しい分子標的治療薬の標的になり得る」と広田氏は指摘する。同氏らはそのための候補化合物の評価に必要なスクリーニング系の構築に着手している。

 細胞増殖のコントロールが効かなくなった細胞の多くが、染色体の均等な分配に失敗する「染色体不安定性」という細胞病態に陥っている。その結果、異数体細胞が数多く生まれることになる。これが病勢の進行に伴って増大するがんのヘテロ性の原因であり、ヘテロ性の増加は薬剤抵抗性クローンや他臓器への遠隔転移の出現を促す要因でもある。

 正常細胞内ではリン酸化酵素Aurora Bを中心とした複合体が染色体の誤った分配を是正することが知られている。広田氏らは、このAurora B複合体が適正に働くためにはHP1という分子の結合が不可欠であることを発見した。つまりHP1とAurora B複合体との結合体が減少すると、染色体と微小管との不正確な結合が増大し、染色体不安定性が増大する。多くのがん細胞では共通してHP1とAurora B複合体との結合体が不足しているほか、この両者の結合を人為的に阻害すると染色体が正常に分配されない細胞が増加することも確認できた。

 「染色体の不安定性はがん細胞のヘテロ性を増加させ、免疫反応や薬物療法などの選択圧を回避し、生き延びる方向に働いていると考えられている。しかし、染色体不安定性が激しくなれば、細胞を維持することすらも困難になり、死亡する可能性が高い」(広田氏)。がん細胞で減少している「HP1とAurora B複合体との結合」をさらに阻害すると、染色体不安定性が増しその結果、抗腫瘍効果の発現が期待できる。

 「それらの結合を阻害する薬剤を探索するために、スクリーニング系を作っており、製薬会社と共同研究により新規の作用機序を持った分子標的治療薬を開発していきたい」と広田氏は語っている。

 これまで実用化してきた分子標的治療薬の多くはチロシンキナーゼなどの酵素活性を持っているが、HP1には酵素活性などは認められず、Aurora B複合体と結合して、アロステリック効果によりAurora B複合体の作用を増強している。がん細胞でなぜ両者の結合が低下しているのか、その理由は謎だ。HP1の減少が認められないことから、結合能そのものが低下していると考えられている。