ドライバー変異と薬剤で生存期間が改善

 昨年末、同グループがAnnals of Oncology誌(2015 Dec;26(12):2477-82)に発表した結果は関係者の間で注目された。近大病院で診療した110名の非小細胞肺がんの患者のサンプルを、“Homebrewシステム”で検討したもの。突然変異については95%に当たる104名で検索を行うことができ、一方の融合遺伝子では96%の106名で検索を行うことができた。つまり極微量の試料でも十分に検査を行うことができることを実証することができたことになる(図)。さらに、注目されたのはその結果と患者の予後との関係だ。

図●近大クリニカルシーケンスの結果と患者生存率

 同グループは1)ドライバー遺伝子変異が発見され、それに対応した分子標的治療薬の治療を受けることができた、2)ドライバー遺伝子変異が存在しないもしくは見つからなかった、3)ドライバー遺伝子変異はあるがそれに対応した分子標的治療薬による治療を受けなかった――の3群に分けて生存率を比較したところ、3群間で大きな差が認められたことだ。

 ドライバー遺伝子変異があるがんの患者は、ない患者よりも予後が悪い。しかし、その変異遺伝子の働きを抑制する阻害薬がある場合はむしろドライバー遺伝子変異があると予後が良くなってしまうことを示唆する結果だった。それは、多様な遺伝子変異にマッチした阻害薬をいかに確実に提供することががん診療にとっていかに重要であるかを物語っていることにもなる。

「私の仕事はつぶやくだけ」

 ある胆道がん患者のサンプルを調べてみると、FGFR1遺伝子のコピー数が増えていることが確認された。この発見が契機となって患者は進行していたFGFR阻害薬の第1相試験に登録されることになったという。では、この患者の予後はどうだったのか。「それは私にも分からない」と西尾氏。

 「私の仕事は、この患者さんにはこういうドライバー遺伝子変異があり、それにはこういう分子標的治療薬が効くかもしれません。そして世の中のこんなところで使われていますと主治医につぶやくだけ。後の判断は主治医に任せる。主治医が分子標的治療薬を使用できたか否か、その結果、患者の生命予後が改善したのかしなかったのかには関与しない方針」だという。

 遺伝子解析の結果が主治医の判断よりも優先されることはない。西尾氏はあくまで主治医の判断に必要な情報を提供するという立場を厳格に守る方針でいる。

病名は分からないが標的は分かる?

 一方で同グループが2015年に発表した結果は、やはり適切な分子標的治療薬の調達と使用の正否が患者の予後に大きく影響する可能性を物語っている。NGSによる解析が日常化すると、新たな問題を引き起こす可能性も見えてきた。

 治療の標的になりそうなドライバー遺伝子変異が見つかっても、その適切な治療薬がない、もしくは調達できないとなれば治療を諦めざるを得ない。しかし、日本国内で流通している薬剤であった場合はどうか。

 現在の治療薬の効能・効果は疾患単位で定められている、その疾患に該当しないと適応外処方となって保険償還の対象にならないケースも考えられる。

 例えば希少がんでHER2遺伝子の増幅が認められた場合などがその例になる。最近は肺がんでも抗HER2療法の有効性を検証する医師主導治験が実施されているが、希少がんでも逐次医師主導治験が必要なのかどうか。「治療標的が分かってしまったのに、薬が使えない」という事例は増えるはずだ。研究にとどまらず、患者の福音にまで成果を持っていくためには、薬事の承認や保険償還システムの手直しも必要になる可能性がある。

 一方、西尾氏らが進めるクリニカルシーケンスが臨床現場に入ってくるようになれば、症例報告もしくは一例報告の意味も変える可能性がある。同じ臓器がんと診断されても、ドライバー遺伝子変異が異なるケースも多く、主治医のオーダーに従って遺伝子解析をしていると、患者個人個人で異なる遺伝子変異、あるいは異なる治療標的が発見され、治療に結び付く可能性も高まってきた。「一例報告は無意味」とする考えは、がんの臨床の領域では強かったが、この点についてもクリニカルシーケンスが介在することによって、大きく見直しが迫られることになるかもしれない。

 最近になって近畿大学のhomebrew clinical sequencingを踏襲した遺伝子解析ラボを造る動きが、西尾氏の母校でもある和歌山県立医科大学や福島県立医科大学にも出てきた。「同一のプロトコルで解析する検査機関同士のネットワークが構築できれば、1つの試料を異なった機関で同時に調べて、結果が一致するかどうかを検定するcross validationも可能になる。必要なノウハウは提供するので早くできてほしい」と西尾氏は語っている。