近畿大学ライフサイエンス研究所ゲノムセンター(大阪狭山市)では近畿大学医学部附属病院(同)で治療したがん患者の病理試料から遺伝子を抽出、ドライバー遺伝子変異を探索した結果を主治医にリポートする試みを開始している。診療から検査、さらに治療へのフィードバックまでのプロセスを1つの組織内で完結することで、遺伝子検査を安価に高品質に実施し、迅速に主治医にリポートする体制を構築している。


 「ちょっと、この患者の試料を調べて」

 近畿大学ライフサイエンス研究所ゲノムセンターの西尾和人氏(同大学医学部ゲノム生物学教授)の元には、しばしばこのような電話がかかってくる。電話の主は多くの場合、同大学医学部腫瘍内科教授の中川和彦氏。診察したがん患者の遺伝子変異を調べてほしいという依頼だ。

 次世代シーケンサー(NGS)が登場し、遺伝子解析のコストが下がったことから、クリニカルシーケンスの時代がやって来たといわれる。クリニカルシーケンスとは、がん患者のがん関連遺伝子異常を網羅的に解析することによって患者に最適な抗がん薬を調べるシステム。

 近畿大学医学部附属病院の強みは、この臨床家が日常診療の際に抱いた疑問を素早く同じ組織内のゲノムセンターに解析を依頼できるところだ。旧国立がんセンター研究所在籍時代から、がんの遺伝子変異と治療薬の感受性の相関を研究してきた西尾氏は、この院内完結型のクリニカルシーケンスの体制を“Homebrew clinical sequencing at Kindai”と命名している。Homebrewとは、「自家醸造ビール」とか「自作の」を意味する。クリニカルシーケンスをHomebrewする意味は「遺伝子検査をうまく、安く、早くできる体制であること」だ。このシステムの意義を説明する同氏のスライドには丁寧なことに大手牛丼チェーンのロゴマークまで付けられている。

近畿大学ライフサイエンス研究所ゲノムセンターでは6種6台の次世代シーケンサー(NGS)が稼働している。「有数の保有種類数と稼働率を誇る」(西尾氏)

極微量の核酸で遺伝子変異の検出が可能

 「うまい、安い、早い」のキャッチフレーズは、高品質の検査を安価に迅速に進めることができる検査システムの目標と西尾氏の自信の双方を表しているといえる。一連のプロセスは次のようになる。

 まず患者のがん組織から何枚かの薄片を切り出し、そこからDNAを抽出し、コピーして増幅する。そして、NGSで読み取り、塩基配列を決定する。がんの原因となっている可能性がある遺伝子変異を特定し、病理や腫瘍の専門家で構成するエキスパートパネルによる討議を経て、主治医にリポートとして渡す流れだ。

 リポートでは、そのような遺伝子変異に効く薬の有無を、世界中を対象に調査する。薬によっては海外で臨床試験中というものもあるが、そうした情報が主治医に送られる。これを患者や家族に告げるかどうかは主治医の判断に任される。

 主治医のオーダーからリポート提出までは10日から2週間という、外部の検査機関に依頼するよりも短くて済む。Homebrew方式によって工程の見直しを重ねて、品質の担保ができることも強み。その結果、試料の必要量はホルマリン固定パラフィン包埋検体(FFPE)にして10ngで済むようになった。

 遺伝子変異といっても、突然変異と転座によって形成される融合遺伝子変異とがある。突然変異はDNAによって検索、ALKやRETのような融合遺伝子変異は読み取る範囲を狭くできるようにRNAで検索する。またがん性遺伝子変異の検索も、網羅的に行うのではなく、治療につなげられるように治療薬かその候補化合物の開発が進んでいる遺伝子変異に絞って検索するパネルを採用している。

 こうした試みはHomebrew clinical sequencing at Kindaiが純粋な研究ではなく、将来日本でもNGSと複数の遺伝子変異を同時に調べる遺伝子変異パネルを使ったマルチ診断薬が承認されることを見越しての取り組みだ。とにかく主治医のニーズに応える最低限の検査を追求した結果でもある。