遺伝子情報の2次的、3次的な利用については、原則禁止としている医療機関もある。「集めた試料のバンキングは絶対禁止」を主張する医療機関と、バンキングを認め自由な研究に寛大な医療機関とが混在しているのが現実だ。実際、LC−SCRUM−Japanに参加する有力な医療機関の中にも、こうした多目的利用に歯止めをかけているところがあり、この日のキックオフミーティングでは、質問が出た。後藤氏は、これら「バンキング絶対禁止」派医療機関のIRB関係者との協議を行っている事実を明らかにしている。

 遺伝子診断システムの宿命として、今後の交渉の継続は避けられないだろう。新たなドライバーがん遺伝子が発見され、それに対する新薬の臨床試験を行う度に、IRBを開催して同意を得るプロセスは本当に必要なのか。「バンキング禁止」派の医療機関は、患者組織を収集する意義も含めて問い直す時期に来ているようだ。

「留め置かまし大和魂」
 LC−SCRUM−Japanに参加する医療機関は、採取して24時間以内に試料を協力検査機関の(株)エスアールエル・メディサーチ(東京都新宿区)に送る必要がある。試料の処理を日常診療と並行して行うことは、容易なことではない。ミーティングでも、「ハードルの高さ」を指摘する声が相次ぎ、後藤氏は現場の負担を減らすべく検査を担当するエスアールエル・メディサーチとともに作業手順を部分的に見直していくことを明言していた。

 同時に、後藤氏はこうした手順に求められる高度な品質管理は、日本が世界に向けて臨床の質の高さを誇示する好機でもあると訴えた。「RET遺伝子のスクリーニングは日本が世界に先駆けて行う取り組み。こうした事業に参加できる力量を持った医療機関が全国に存在することは日本の臨床能力の高さの表れ。ハードルは数多くあるが、今こそ大和魂で乗り切りたい」と参加者を鼓舞、最後は敬愛する吉田松陰の辞世の句を朗読する後藤氏の熱の入れように参加者の拍手と笑いのうちに閉会した。

ドライバーがん遺伝子の時代が来た
 がん治療は個別化医療の時代に入った―といわれている。確かに、ドライバーがん遺伝子の概念が確立し、同じ臓器がんであっても、異なった希少がんで構成されているという、10年前までは知られていなかった新しいがん像が提示されてきた。一方で、遺伝子塩基配列決定の技術が長足に進歩し、1人10万円程度のコストで全ゲノムの塩基配列を明らかにできる可能性も出てきた。患者1人ひとりのゲノムを解析したり、あるいは全ゲノムではなくても、腫瘍組織から取った試料からドライバーがん遺伝子の種類を割り出し、それに合致した薬剤を処方する医療が夢物語でなくなりつつある。

 一方で夢が現実に近づくにつれ、以前は見えていなかった課題も明確になってきた。ドライバーがん遺伝子の発見、ドライバーがん遺伝子用の検査薬の開発、ドライバーがん遺伝子産物を標的にした分子標的治療薬の開発などが前半の課題だ。後半の課題は、来院した患者を正確に診断して正しい分子標的治療薬の使用へと導くルートの確立だ。しかも、ある薬剤で奏効が得られても、耐性化することがある。そうした患者では、新たなドライバーがん遺伝子が発現したがん細胞が優勢になっているのかもしれない。そうなれば、次の分子標的治療薬が必要になる。そうしたフォローアップまでも視野に入れた仕組みが求められている。

 個別化医療の掛け声を絵に描いた餅にしないために、ドライバーがん遺伝子の発見を患者の利益に結びつけるために、日本の肺がん専門家たちが現時点で出した結論の1つがLC−SCRUM−Japanということになるのだろう。

 2月5日、東京大学特任講師の河津正人氏らが、悪性黒色腫の5%、難治性の乳がんであるトリプルネガティブ乳がんの3%にRAC1/2遺伝子の変異が起きていると発表した(米国科学雑誌「米国科学アカデミー紀要」のオンライン速報版で2013年2月4日の週に公開)。この発見を報道する新聞記事の中で、間野氏は「患者にこの遺伝子があるか正確に検出する方法を開発し、働きを抑える薬剤が見つかれば、有効な治療薬になる」とコメントしている。さりげなく選ばれた言葉の内にドライバーがん遺伝子の時代を迎えたがん医療の課題が凝縮されているのだ。