遺伝子変異によって細分化する肺腺がん
 がんは発生する臓器と形態で分類されてきた。近年は遺伝子変異のプロファイルががんの分類で重要視されるようになってきた。遺伝子変異は、使用する分子標的治療薬の選択に直結するためだ。肺がんはこれまで、小細胞肺がん、大細胞肺がん、腺がん、扁平上皮がんの4タイプが多くを占めるとされたが、遺伝子変異をもとに分類するとさらに細分化できることが明らかになってきた。

 2012年の米国臨床腫瘍学会(ASCO)総会で米国Dana−Farber Cancer Instituteのグループがアジア人患者412名を検索した結果を発表している。それによるとNSCLCの56%がEFGR(上皮成長因子受容体)遺伝子変異陽性、7%がEML4−ALK遺伝子陽性、5%がKRAS遺伝子陽性、3%がHER2遺伝子変異陽性、1%がBRAF遺伝子陽性など、となっており、同じNSCLCでも、EGFR遺伝子変異を例外として低頻度の遺伝子変異が集まって、1つの疾患を構成していることが分かる。その低頻度の遺伝子変異を日常診療の中で拾い上げるための実験的なシステムがLC−SCRUM−Japanというわけだ。

1700名のスクリーニングで17名を拾い上げ
 LC−SCRUM−Japanでは、1700名の患者の検査を予定しているが、発見する患者の目標はわずか17名。RET肺がん遺伝子の発見者である国立がん研究センター研究所ゲノム生物学研究分野の河野隆志氏らは、RET融合遺伝子のがん化能が分子標的治療薬バンデタニブで抑制されることを見出している。

図1● LC−SCRUM−Japan/LURET studyの流れ

 RET融合遺伝子を持つ患者17名は、LC−SCRUM−Japanに続く医師主導治験(第2相、LURET study)に登録されることになる。河野氏は、医師主導治験の開始に際して相談した(独)医薬品医療機器総合機構(PMDA)から、バンデタニブが有効な患者を選択するためのコンパニオン診断薬の開発も行うように指示されている。いくら患者が少なくても、ドライバーがん遺伝子を標的にした治療薬を開発する以上、そのための診断薬の開発は必須ということだ。

 ちなみに、このバンデタニブという薬剤はRET遺伝子や血管新生を促す血管内皮増殖因子(VEGF)の働きを阻害する薬剤で、英AstraZeneca社が開発した薬剤。カナダや欧州では、進行性の甲状腺髄様がんの治療薬として承認されているが、日本では未承認。かつては、NSCLCを対象に第3相試験まで行われ、米国食品医薬品局(FDA)、欧州医薬品庁(EMA)に承認申請されたが、全生存期間の改善が認められず、承認される可能性が低いと判断した同社が2009年に申請を取り下げている。つまり、患者選択をしなければ晴れて肺がんの医薬品となることは困難と目される化合物だ。

図2● LURET studyの概要

同時複数検査という秘策
 全国から150名の専門家が集まって、わずか17名の患者を探す。これは“ドライバーがん遺伝子の時代”に突入したがん診療の象徴的な光景といえよう。しかし、今後多くの遺伝子変異が発見されるたびに、こうした遺伝子診断のためのネットワークを組むことになるのだろうか。1人の患者が持つドライバーがん遺伝子を探そうとする場合に、多くの遺伝子検査とその数に等しいネットワークが必要になるのだろうか。

 もちろん、それは現実的な話ではない。すべての患者の初診時1回の検査で、複数のドライバーがん遺伝子が探索されることが理想だ。後藤氏ら幹部はLC−SCRUM−Japanを通じて、そうした診断―治療システムの理想型を作るために2つの秘策を仕込んでいる。

 1つは、LC−SCRUM−Japanで収集された患者試料を、RET融合遺伝子の検索以外にも使うことを各施設の倫理審査委員会(IRB)に認めてもらうように参加施設に求めたことだ。これによって現在では未発見だが、今後発見されるドライバーがん遺伝子の検索ができるようになる。

 しかし、これでは患者ごとに異なるドライバーがん遺伝子にたどり着くために、多くの検査を必要とするというジレンマは解決されない。「技術的な心配はいらない」と後藤氏は語る。たった1回の検査で複数の遺伝子変異の有無を調べる方法を国立がん研究センター東病院の臨床開発センターで開発中だ。「あと半年もすると、システムとして開発できる」と後藤氏は太鼓判を押す。「この検査の可能性を最大限に生かすためにも、必要に応じて現在は想定外の遺伝子検査を行うことをIRBに認めてもらいたい」と同氏は述べている。