国立がん研究センター早期・探索臨床研究センターではRET融合遺伝子陽性肺がん(RET肺がん)の大規模スクリーニングを開始した。見つけ出された患者は、新規分子標的治療薬バンデタニブの第2相試験(医師主導治験)に登録される。RET融合遺伝子による肺がんは全体の1〜2%に過ぎず、こうしたがん患者の効率的な拾い上げシステムの構築が次代のがん治療の成否の鍵を握ることになる。



 1月19日土曜日の午後2時―。東京駅に隣接する高層ビルの会議室は休日にもかかわらず、全国約60の病院から集まった医療関係者150人の熱気であふれかえっていた。会の目的は、1年前に肺腺がんとの関連遺伝子として同定されたRET遺伝子(正確にはRET遺伝子とKIF5B遺伝子の融合遺伝子)により発症した患者を、日常的に診療する肺がん患者の中から拾い上げるための全国規模の遺伝子診断ネットワークを構築することにあった。

「毎晩1時くらいまではオフィスにいるので、遠慮なく連絡してほしい」と語った後藤氏。
(写真◎柚木裕司)

 ネットワークの名称は、LC−SCRUM−Japan(Lung Cancer Genomic Screening Project for Individualized Medicine in Japan)。「スクラム」という略称は、組織の結束への願いと学生時代にラガー(ウイング)として活躍した研究代表者の後藤功一氏(国立がん研究センター東病院 呼吸器内科外来医長)の個人的な嗜好を反映している。

 会の冒頭、後藤氏は、「本日は息子もセンター試験を受験している。父子ともども頑張りたい」と参加者を笑わせた。しかし、なごやかな開会とは裏腹に、このネットワークがうまく機能するかどうかは、「個別化」をキーワードにした次代のがん医療の帰趨を握る歴史的なイベントともいえる大事業だ。特に、こうした遺伝子診断ネットワークの構築は、世界的にも注目される試みということができる。

遺伝子異常を有する希少がん
 がんは遺伝子の変異を原因とする病気であり、その発症にはとりわけ存在感の強い遺伝子変異“ドライバーがん遺伝子”が関係していることが明らかになっている。ドライバーがん遺伝子の活性化(たんぱく質への翻訳)は強力ながん化能を持つ。もし、その遺伝子翻訳たんぱく質の働き(多くの場合、たんぱく質リン酸化活性)を選択的に止めることができれば、がん細胞の増殖や浸潤、転移も抑制できる。

 ドライバーがん遺伝子の先駆けとなったのが、自治医科大学・東京大学特任教授(4月1日より教授)の間野博行氏らが非小細胞肺がん(NSCLC)で報告したEML4−ALK融合遺伝子だが、これは肺がん全体の5%という希少がんだ。がん治療の個別化とは、こうしたドライバーがん遺伝子を有する患者を洗い出し、その遺伝子の働きを選択的にブロックする分子標的治療薬を投与する方法論のことだ。

 研究が進むにつれて、同じ臓器に発生しているがんであってもドライバーがん遺伝子に個人差があることが明らかになってきた。個別化治療を進める上での最大の課題は、日常診療で遭遇する患者の中からそうしたドライバーがん遺伝子の持ち主をどうやって割り出すかだ。当然ながら、そのための遺伝子検査を行わない限り、変異遺伝子を洗い出すことができない。全国に広く薄く散らばった患者を濃縮する“装置”として白羽の矢が立ったのが、この日集まった60施設ということになる(写真)。

LC−SCRUM−Japan/LURET studyのキックオフミーティングの参加者たち。「日本が誇る肺がん臨床試験の精鋭たち」(後藤氏)。“L”の字を手にするのが後藤氏。

 ドライバーがん遺伝子のスクリーニングは間野氏にとっても大きな課題であった。EML4−ALK融合遺伝子の発見からほどなくして、米国Pfizer社がc−met阻害剤として開発していたクリゾチニブがEML4−ALK陽性肺がんに高い効果を示すことが明らかになり、米韓豪の3カ国で治験が開始された。一方、日本は必要な患者登録システムが整っていなかったため、間野氏はPfizer社の日本法人と臨床試験(第1相)を打診したが、試験開始まで6〜7カ月かかることが明らかに。

 「この間に亡くなる患者を少しでも減らしたい」と考えた同氏は、広く全国からEML4−ALK遺伝子保持患者のスクリーニングのネットワークALCAS(ALK−Lung Cancer Study Group)を文部科学省の支援のもとに組織する。ALCAS第1回全国大会が2009年3月に品川のコクヨホールで開催されると、全国から200名近い臨床医、研究者、病理医が集まった。

 ALCAS参加施設で作られた患者のホルマリン固定標本はがん研有明病院で検査され、それ以外の喀痰、胸水、凍結生標本、気管支洗浄液は自治医科大学で曽田学氏らがRNAを抽出しRT−PCR法により遺伝子検索を行った。EML4−ALK遺伝子の診断サービスの開始とクリゾチニブの国内臨床試験が開始されたことを受けて、ALCASの活動は2010年12月で終了するが、その活動はクリゾチニブの承認という形で結実した。

 ALCASの活動を手本にしつつ1月に発足したLC−SCRUM−Japanだが、実はALCASよりもさらに困難な課題に挑戦することになる。というのも、標的となるRET融合遺伝子の頻度が、EML4−ALK遺伝子よりも低いのだ。この日、ネットワークに檄を飛ばしてほしいという後藤氏からの依頼を受けて、講演に立った間野氏はALCASの活動を振り返った後、「RET肺がんは大規模な病院において外来で見つかるぎりぎりの低頻度」と警告。「そのために診断ネットワークの規模と診断方法の精度が鍵だ」と強調した。