日本臨床腫瘍学会が、薬物療法に限らない診療科横断的で包括的な骨転移治療ガイドラインの作成に乗り出している。委員長の柴田浩行氏(秋田大学医学部附属病院・腫瘍内科教授)は、「ガイドラインの作成に携わって、がん骨転移の奥深さを知った」と語っている。


秋田大学医学部附属病院・腫瘍内科教授の柴田浩行氏。

 医療技術の進歩とともに、多くのがんで生存期間が延長する傾向にある。しかしその結果、骨転移の罹患リスクも高くなってきた。

 がん治療において、骨転移は終末像の1種と捉えられることが多く、主治医の間でも積極的に治療しようという機運が希薄だった。特に、疼痛緩和を目的とした放射線腫瘍医や保存的な介入という手段を擁する整形外科医に比べ、がん診療を専門とする診療科ほど、この傾向が強かった。

増える薬物療法の選択肢
 骨転移をめぐって諦観一辺倒だった医療現場の空気が変わるのは、骨粗鬆症の治療に使われていたビスホスホネートが登場した10年ほど前。

 昨年は破骨細胞の誘導を阻害する分子標的治療薬のデノスマブが日本でも承認され、現在臨床現場ではゾレドロン酸とデノスマブが主に使用されている。さらに放射性薬剤ではストロンチウム−89(Sr−89)が承認されているほか、骨転移が認められる去勢抵抗性前立腺がん患者の全生存期間(OS)の改善が海外で報告された塩化ラジウム223(2012年12月欧州医薬品庁に申請)の登場も予想される。さらに、「2011年の米国臨床腫瘍学会(ASCO)で乳がんの骨転移患者に驚異的な効果が報告された」(東京医科大学病院乳腺科教授河野範男氏)c−metリン酸化酵素阻害剤Cabozantinibなどの有望な分子標的治療薬、慢性骨髄性白血病の治療薬で、srcリン酸化酵素阻害薬のダサチニブも注目されている。

 そこで、持ち上がった話ががん骨転移診療ガイドラインの作成だ。

ASCOのガイドラインの先を行く
 がん骨転移治療のガイドラインとしてASCOが定めたガイドライン(ASCOの骨転移ガイドライン)がある。2011年に改訂されたこのガイドラインは骨転移のある乳がん患者にゾレドロン酸とデノスマブの使用指針を定めたもの。これらの薬剤による治療開始に際しては、腎機能検査のクレアチニン・クリアランスや顎骨壊死(ONJ)を予防するための口腔ケアを入念に行うことを推奨している。治療の間隔や、治療後に骨関連事象(SRE)が増えたとしても、治療を中止することを推奨しない、治療効果をモニターするための信頼できるバイオマーカーが現時点では存在しないことなどを明記している。

 日本臨床腫瘍学会が作成中のガイドラインは、見ようによってはASCOの指針よりも野心的なものになりそうだ。

 柴田氏によるとガイドラインの作成作業が本格化したのは昨年の11月からだ。腫瘍内科医に限らず、整形外科や放射線腫瘍、口腔外科の専門家が参加し、まずガイドラインの骨格となるCQ(clinical question)を収集している。当初、200個ものCQが集まったが、それを厳選して30個程度に絞り込む作業を続けている。

 診療科横断的に委員が集まったのも、がんの骨転移が、1つの診療科が診て済む疾患でないためだ。整形外科医による固定や疼痛緩和を目的とした放射線の照射も重要な選択肢になる。こうした領域が異なる医師らが、1つの地平に立つことができる場として、柴田氏は日本独自のガイドラインを構想している。ASCOのガイドラインが乳がんに限定して、しかも放射線医薬品をカバーしていないのに対して、日本の「がん骨転移診療ガイドライン」は全てのがんの骨転移を想定し、Sr−89などの放射線治療薬についても、解説する。

 「がんの主治医は必要に応じて、他科へのコンサルテーションを判断することになる。それぞれの分野も着実に進歩しているが、その詳細を知ることは難しい。骨転移に対して蓄積されてきた各科の最新の知見を包括的にハーモナイズする場が必要」と柴田氏は語る。がんの骨転移をめぐる網羅的なガイドラインは世界にもなく、完成すれば世界に先駆けての試みだ。こうした動きは、欧州臨床腫瘍学会(ESMO)も注目しており、基本的なガイドラインが完成した段階で、ESMOとも意見交換を行う予定だという。

図● 骨転移医学の進展とガイドラインの位置づけ

予想以上の奥深さを発見
 委員長として白羽の矢が立った柴田氏だが、骨転移が専門ではない。ガイドラインの作成を任され、骨転移の研究状況を調べていくうちにこのテーマの予想以上の奥の深さを知った。同時に、「エビデンス不在の空白のテーマが多数存在していることにも気がついた」という。

 がん細胞が種々のサイトカインを分泌して、血球細胞と同起源である破骨細胞を遠隔操作して、骨転移を引き起こす仕組みが明らかになってきた。デノスマブは破骨細胞の誘導を阻害する薬剤であり、開発中のCabozantinibもダサチニブも破骨細胞内のシグナル伝達を阻害する薬剤である。一見、古顔の薬剤であるゾレドロン酸もその作用メカニズムは予想以上に複雑であり、腫瘍免疫を賦活する働きが注目されている。

 「こうした作用メカニズムの解明が進めば、異なったメカニズムの薬剤を組み合わせたり、スイッチする治療も可能になる。また作用する分子標的が明らかになれば、肺がんや大腸がんで行われているような遺伝子変異を指標にした患者選択が可能になり、奏効率を上げることもできるはず」と柴田氏は指摘する。

 作成中のガイドラインを同氏は「たたき台」と強調する。このガイドラインが年々改訂されることになれば、それだけ骨転移医療が進歩していることを意味することになる。“たたき台”の概要は、8月29日から仙台で開かれる第11回日本臨床腫瘍学会学術集会のシンポジウムで明らかにされることになっている。