ドキシル使用時の手足症候群の発症に、生体内の2価イオンと反応して発生した活性酸素が関与していることを聖マリアンナ医大と同大発ベンチャー企業のナノエッグが発見、日本ヒト細胞学会機関誌HUMAN CELL(DOI 10.1007/s13577−012−0057−0)に発表した。ほかの細胞傷害型抗がん剤の手足症候群も同じ仕組みで発生している可能性があり、予防薬の開発も夢ではなくなってきた。


 手足症候群は、しびれや皮膚知覚過敏などを伴う、抗がん剤や分子標的治療薬による副作用。最も重いGrade3にまで進展すると、水疱や潰瘍、強い痛みが生じ、歩行困難になることもあるケースも珍しくない。外出もままならなくなることから、患者のQOLを著しく損なう1因となっている。原因薬剤の種類は多く、カペシタビンやUFT、5−FU、TS−1などの抗がん剤、分子標的治療薬のソラフェニブやセツキシマブ、ゲフィチニブなど、がん薬物療法に用いられる主要な薬物の名前が並ぶ。分子標的治療薬の場合は、標的がEGFR(上皮成長因子受容体)であることが多く、こうした上皮組織の成長の障害との関連が想像されているが、細胞傷害型抗がん剤の場合、発症機構についてはまったく分かっていなかった。

写真1 聖マリアンナ医科大学難病治療研究センター先端医薬開発研究部門DDS研究室准教授で株式会社ナノエッグ代表取締役社長・研究開発本部長の山口葉子氏。「毛髪からの薬物吸収も可能になったので、この技術を活かして抗がん剤による脱毛抑制剤も開発したい」とも話す。

ドキシルのジレンマが手掛かりに
 今回の研究の中心となった聖マリアンナ医科大学難病治療研究センター先端医薬開発研究部門DDS研究室准教授で株式会社ナノエッグ取締役・研究開発部長の山口葉子氏(写真1)は、研究を始めたきっかけを、大腸がんで闘病中の母親に手足症候群が発症したことだったと語る。「手足症候群によって5−FUの減量を余儀なくされた。これが、母にとって大きな不安材料になったことから手足症候群に関心を持った」と語る。

 ナノエッグは、薬剤をリポソームに包埋する新規の薬剤搬送システム(DDS)によって、薬剤に新たな価値を賦与することを専門に研究、創薬や化粧品の開発を手掛けている。山口氏が、手足症候群に関心を抱くのも自然の成り行きといえるだろう。

 山口氏が研究材料に選んだのが、ドキソルビシンのリポソーム製剤である「ドキシル」だった。通常のドキソルビシンは、細胞毒性を持つアントラサイクリン系の薬剤の1種で、細胞内のDNA合成を阻害し、DNAの合成とたんぱく質の合成を阻止し、がん細胞の分裂を止め、死滅に追い込む。「がん化学療法後に増悪した卵巣がんとエイズ関連カポジ肉腫」に適応を持つ「ドキシル」は、リポソームによって保護されているため、免疫系に捕捉され難く、長時間にわたり体内に留まり、作用することができる。

 リポソーム化によって、ドキソルビシンの副作用であった骨髄抑制、心毒性、脱毛も軽減された。ところが、ドキソルビシンにはなかった手足症候群が新たな副作用として浮上してきたことから、その原因の究明が待たれていた。

発症ラットで血管外漏出を確認
 まず、それまでなかった手足症候群の実験動物を確立することが研究の第1歩となった。「人間と同じ用量計算では発症のための適正な量を算出することができず、用量の決定に試行錯誤を重ねた」(山口氏)結果、ドキシルを注射し、脚裏に発赤を発症するラットを確立した(写真2)。この発症ラットを使って、組織を観察したところ、「ドキシル」のリポソームから放出されたドキソルビシンが血管外漏出していることが確認できた。また手足症候群の発症部位では、インターロイキン10(IL−10)などの炎症性サイトカインや白血球の遊走を促す因子の遺伝子発現が高進していた。

写真2● ドキシルによる動物実験
ラットにドキシルを3日に1回、3回反復投与して、10日目の脚裏の様子。a)投与なし、b)5mg/kg、c)10mg/kg。b)では指先に、c)では踵近くに、発赤が確認できる。患者で見られる水疱などはこのモデルでは出現しないという(写真提供:山口氏)。◯で囲んだ部分に炎症がある。

 さらに、ドキソルビシンの作用に生体内の2価イオンと作用して発生した活性酸素が関与しているという先行研究があったことから、手足症候群の発生にも同様の仕組みが関係している可能性があると同氏らはにらんだ。