新技術・バイオロジー

 次世代シーケンサーで標的探索 

 米国Vanderbilt−Ingram Cancer Center(テネシー州Nashville)のBreast Cancer Programresearch部長のCarlos Arteaga氏とresearch facultyのJustin M.Balko氏らのグループは、トリプルネガティブ乳がんの患者サンプルを次世代シーケンサー(遺伝子解析装置)によって遺伝子変異を解析、治療標的となる遺伝子変異を多数同定することに成功した。

米国Vanderbilt−Ingram Cancer Centerのresarch facultyのJustin M.Balko氏。

 乳がんの病理学的な分類は細胞表面のエストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、HER2抗原の有無によって行われている。これら3分子がともに検出されない乳がんはトリプルネガティブ乳がんと呼ばれ、ホルモン療法や抗HER2療法の対象とならず、予後も悪い。手術の前に化学療法を行うことによってがんが消失することもあるが、がん細胞が残存した場合の治療成績は悪くなる。すなわち、術前化学療法の後の残存がんへの対応が、治療の成否の決定に大きく関わっているということができる。

 Balko氏らは、術前化学療法の後で残存がんが認められた患者81名の試料を米国のCLIAで認証された施設の次世代シーケンサーによって、182種類のがん遺伝子・がん抑制遺伝子の変異の有無を解析した。CLIAは米国の臨床検査室の質を保証する法律。CLIAで認証されることは、質が担保された検査室であることの証明となる。その結果、TP53、MCL1、MYCなどに35〜90%の頻度で遺伝子変異を確認した。さらに、20%以下の頻度で15種類の遺伝子に変異が発見されたことも明らかにした。「90%近くの患者に最低1つの遺伝子変異が認められた。これらの変異を5つに分類し、患者一人ひとりに合った薬剤の選択が可能になる」とBalko氏は語る。

 5つの分類とは、PI3K/mTOR経路、DNA修復機構、Ras/MAPK経路、細胞周期、成長因子のシグナル伝達に関わる経路。それぞれに、mTOR阻害薬、DNA修復阻害酵素、RAF/MEK阻害薬、細胞分裂・微小管阻害薬、リン酸化酵素阻害薬などを選択することができるという。

 この方法の試金石となるのが、JAK2阻害薬だ。Balko氏らの解析では、患者72名のうち8名(11%)にJAK2遺伝子の増幅が認められた。インターロイキン6−JAK−STATの経路はがん幹細胞様の性質を制御する経路として知られている。そこで、こうした遺伝子増幅の認められる患者にJAK2阻害薬(名称は明らかにされなかった)を用いた臨床試験が始まっているという。

 トリプルネガティブ乳がんの化学療法では過去に、DNA修復阻害効果を持つPARP阻害薬が第II相試験で高い延命効果が認められ、大いに期待されたものの、第III相試験では有効性が検証されずネガティブ試験となったことがある。その原因として「トリプルネガティブ乳がんには患者の多様性があり、規模が小さい第II相試験では薬剤感受性が強い患者が偶然、集積してしまった可能性」が指摘されてきた。仮にその指摘が正しいのであれば、第II相試験で集まった患者を選択した臨床試験を設計できれば、ネガティブ試験にならなかったことになる。

 今後、こうしたがんの臨床試験では、患者個々の遺伝子変異の情報が患者登録の重要事項となるだろう。同時に、次世代シーケンサーと臨床検体を高い精度で解析できる臨床ラボ(前出の米国のCLIA認証レベル)が重要な役割を担うことも確実だ。

 骨髄中の乳がん幹細胞数が予後を決める 

 米MD Anderson Cancer Center(テキサス州Houston)のAntonio Giordano氏とFox Chase Cancer Center(ペンシルバニア州Philadelphia)のグループは、骨髄中の乳がん幹細胞の多寡が、乳がんの予後に大きく影響することを見出し報告した。乳がん患者の骨髄中には高率に乳がん幹細胞が存在することが知られており、転移や再発の原因となっている可能性が論じられている。Giordano氏の報告は、骨髄中のがん幹細胞の働きを知る重要な手掛かりになるはずだ。

 Giordano氏らは、骨髄中に乳がん幹細胞が存在するならば初期乳がんの予後に大きな影響を与えるはずだという仮説から研究をスタートさせた。まず早期乳がん患者103名の骨髄中から4時間かけて10mLの骨髄液を抽出した。そこから単核細胞画分を抽出、さらに乳がん幹細胞の細胞表面マーカーとされるCD44+/CD24+/lowを持つ上皮細胞画分に濃縮した。

 画分の細胞中の0.5%以上をこのがん幹細胞が占めた患者と0.5%未満の患者に分けて、患者の予後を調べた。すると、5%以上画分の患者は5%未満画分の患者に比べ、無病生存期間(DFs)が統計学的に有意に短く(p=0.006)、HRでは8.8(95%CI[1.1−0.69])に達した。全生存期間(OS)ではHRは計算される段階に達していないが、p=0.004という極めて大きな差がついた。

 早期乳がんは術後、20年という長期間を経て再発することが知られ、この点で他のがんとは大きく異なっている。この現象を説明する仮説の1つが、骨髄中で休眠状態になって長期間を過ごしている乳がん幹細胞が、未知の刺激をもとに再活性化して、再発や転移が起こるというものだ。長期の潜伏は、患者を不安に陥れる期間が長いことを意味し、早期乳がん医療では大きな問題となっている。今回の発見は、早期乳がんのかくも長き眠りの秘密を解き明かすきっかけになるかも知れない。

 同時に、検出される乳がん幹細胞が多ければ、予後が悪いことが予想され、治療の強度を決定する指標として利用できる可能性もある。