日本緩和医療薬学会の第6回年会が2012年10月6、7日の2日間にわたって神戸国際展示場・同会議場で開催された。抗がん治療と緩和医療はがん医療の両輪。その緩和医療における薬剤師の責任は重い。しかし、十分な活動が出来ていないとの反省の声も聞かれた。会長の平井みどり氏(神戸大学医学部附属病院薬剤部長・教授)は、「薬剤師は勉強だけではダメ。もっと積極的に行動しよう」と呼びかけた。



悪液質対策はがん緩和医療の総決算
【シンポジウム1】「がん悪液質マネジメントの重要性とその意義」より

 今年の年会で最も注目されたテーマの1つが悪液質対策だ。悪液質は、諸症状の緩和とともに正確な栄養学的評価を必要とする。このシンポジウムでは、複雑な病態を反映する動物モデルの開発とともに、実効性のある介入の方法として薬剤師と医師が一体となって開発した栄養剤、さらに漢方薬の有効性が報告された。

 がんの進行に伴い発生する悪液質という病態は、これまで効果的な介入方法がなく、患者の生存の質(QOL)を下げる大きな要因となってきた。進行がん患者の80%に見られる悪液質になると、骨格筋と脂肪組織が委縮し、食欲も失われるほか、炎症性マーカーも上昇する(表1)。しかも、従来の栄養サポートで改善させることが非常に困難だ。以前は、高カロリー輸液などが試みられていたが、臨床的な改善が殆ど認められなくなり、現在では行われなくなっている。

表1● 悪液質の診断基準

背後にインスリン抵抗性
 悪液質は単純に成長したがん組織が宿主の栄養を奪い取っている現象ではない。悪液質の発症メカニズムを解明するために、名古屋市立大学大学院薬学研究科の大澤匡弘氏らは、メラノーマを移植し、悪液質の症状(筋肉量と腫瘍組織を除いた体重減少)が確認できたマウスにインスリンを接種する研究を行っている。目的は悪液質の背景にインスリン抵抗性が存在することを確認するためだ。「インスリンを接種すると、このマウスの血糖低下作用が減弱しており、インスリン抵抗性が確認された」と大澤氏は報告した。

 このマウスのインスリンシグナルの変化を解析したところ、インスリン刺激で活性化されるAKTたんぱく質のリン酸化が減少、一方で骨格筋たんぱく質の分解に関わるSTAT3たんぱく質のリン酸化は上昇していた。シグナル伝達に関わるたんぱく質はリン酸化されることよってシグナル伝達を行う。大澤氏の報告は、インスリンのエフェクターたんぱく質は機能せず、それと拮抗するたんぱく質が活発に働いていることを意味し、悪液質発症の複雑な仕組みの一部を明らかにした研究だ。

 では、悪液質に対して、現時点でどのような介入の方法があるのか。単に栄養摂取の低下にのみ着目した栄養の補充が奏効しないことは明らかだ。大澤氏の報告から分かるように、悪液質の段階では、患者の生体反応は半ば自主的に悪液質へと傾斜しているとみることができる。この呪縛を解く方法について、国立がん研究センター研究所と藤田保健衛生大学の2グループから報告があった。

LIF阻害剤と六君子湯に悪液質改善効果が期待できると報告した国立がん研究センター研究所の医師、上園保仁氏。

六君子湯でグレリンの作用を刺激
 国立がん研究センター研究所がん患者病態生理研究室の上園保仁氏は、ヒト胃がん細胞を移植した悪液質モデルマウスを使って研究を続け、2つの知見を報告した。1つは、このモデルマウスでは、悪液質の症状の増強とともにサイトカインの1つLIF(Leukemia Inhibitory Factor)濃度の上昇が認められ、腫瘍を取り除くと血中のLIF濃度が減少、それに応じて症状も緩和された。上園氏は「LIF阻害剤の候補が既にいくつか開発されており、これらを投与して悪液質の症状を緩和できる可能性がある。臨床応用のためにヒトの悪液質におけるLIFの関与を明らかにする必要がある」と語る。

 上園氏らが注目しているもう1つがグレリンだ。グレリンは末梢で産生される食欲(食思)促進ペプチド。このグレリンの分泌促進とともにグレリン受容体感受性の促進作用がある漢方薬が六君(りっくん)子(し)湯(とう)だ。漢方薬の登場は唐突の感があるが、事実悪液質モデルマウスの寿命を六君子湯が延長させることが確認されている。

 そこで、上園氏は北海道大学病院など14病院との共同で、悪液質となった手術不能膵がん患者に対する臨床試験を開始している。この試験では、ゲムシタビン単独群とゲムシタビン+六君子湯とを比較し、食思改善、体重減少阻止をエンドポイントに設定している。「無作為化比較試験で行っており、2013年には結果が明らかになる」と上園氏は言う。

 六君子湯は、シスプラチンによる食欲低下に対しても一部の医療機関で日常的に使用されている。既に販売されている医薬品であることから、結果が良好ならば、早期の普及も期待できそうだ。