始まる「正当な利益とは何か」の議論
 企業関係者が集合したカンファレンスで主に討議されたのは、企業の利益を最大にするにはどうしたら良いか―ではなかった。逼迫する医療保険財政の中で、高価な分子標的治療薬とCoDxの利用を推進するために社会的な合意を取り付けるには、どのような事業モデルを構築すべきかということだった。

 遺伝子検査薬の業界では長く、「2,000点問題」という言葉があった。EGFR遺伝子の変異、K−RAS遺伝子の変異を検査する診療報酬はいずれも2,000点という「低い額」に抑えられていた。この2,000点問題は、2012年4月の診療報酬の改定で2,100点に改められたが、業界関係者によると「満足できる点数ではない」という。ところが最近、治療薬とともに同時承認されたALK FISH Probe検査は6,520点、成人T細胞白血病治療薬のモガムリズマブのCoDxであるCCR4たんぱく質検査の点数は10,000点と破格の点数となった。

 業界として活気づく出来事であるはずだが、「ただ単純に高い点数がついたからといって、喜ぶことはできない。この点数でいいのか、国民皆保険の中で妥当な点数と言えるのか、これまでの検査も含めて、広く議論していく必要がある」と田澤氏は指摘する。短期的な利益の極大化が、国民皆保険の屋台骨を侵食することになってはならないという一種の理性が働いているようだ。

 がんの検査薬は薄利多売の世界だ。最も使用される腫瘍マーカーであるCEA(がん胎児性抗原)の市場も、年間1200万検体で40億円。「K−RAS遺伝子検査は5万検体が上限」と田澤氏は読む。CoDxの開発を促すには、検査薬メーカーに一定のインセンティブを与えることが必要だが、かといって無軌道に高額な点数が設定されることも業界は望んでいないと同氏は言う。どこまでが正当な診療報酬として認められるか。CoDxや薬剤に限らず、医療技術を評価する新基準の設定、言い換えると医療技術評価(health technology assessment/appraisals;HTA)が、世界各国で大きな課題として捉えられている。

 HTAの先行例として知られるのが、1999年に英国に設置された英国国立医療技術評価機構(National Institute for Health and Clinical Excellence;NICE)だ。NICEはHTAを基に、2002年から保険償還の適否と範囲を国民健康保険サービス(NHS)に勧告しており、医薬品や手術、医療技術の臨床的有用性や費用対効果の評価を行っている。CoDxについてもHTAを開始、その結果を2014年に公表する予定で、いまから関係者が注目するところになっている。

CoDxをめぐるパネルディスカッションでは薬事承認のあり方から医療技術評価まで突っ込んだ議論があった(右から日本イーライリリーの安達進氏、ノバルティスファーマの淺川一雄氏、ファイザーの中村誠氏、ロシュ・ダイアグノスティックスの田澤義明氏、三重大学医学部長の登勉氏、厚生労働省の宮田俊男氏)。

 日本国内の製薬業界でもHTAに対する関心が集まっている。カンファレンスで、日本イーライリリー・オンコロジー事業本部長の安達進氏が解説したところによると、「HTAにおける経済評価には、(1)価格設定や保険償還の決定(2)コストの抑制(3)金額に見合う価値の確保の3点がある。既に政府はHTA導入の検討を始めている」という。同氏は、「HTAによって薬価が下げられたり制限されたりするばかりではなく、その有用性を上げられる局面も想定できる。薬価が正当なものであるかどうかは何らかの手順を講じて検証していくべきもの」と述べた。

 クリゾチニブを開発、販売しているファイザー・オンコロジー事業部門長の中村誠氏も「薬価が高い、低いという議論ではなく、薬価に見合った価値がその薬にあるかどうかが問題。イノベーションに見合った薬価がつかなければ、企業は新薬開発よりも既存薬への投資しかしなくなる」と発言した。

 HTAの議論は早晩、日本でも本格化しそうだ。ただし、NICEのような活動が一朝一夕で可能になるわけではない。NICEは年間40億円の予算と270名の専従職員を抱える。また、新薬や医療技術に対する評価期間の間は、患者アクセスが制限されることを問題視する声もある。しかし、医療財源が制約された中で高価な新技術、新薬導入を行う場合に、正当な経済評価を求める動きは避けられず、このHTAの動向が、CoDxのみならず、日本のがん医療の動向に大きな影響力を持つことは確実と見られている。