多様な変異にどこまで対応できるか
 K−RAS、p16/CDKN2A、TP53、SMAD4の変異を早期に発見して切除するタイミングを逃せば、遺伝子変異に応じて薬剤を処方する遺伝子変異−based medicineの出番ということになるだろう。しかし、そこには新たな問題が浮上してくる可能性が指摘された。 

オーストラリアKinghorn Cancer CentreのAndrew Biankin氏。

 オーストラリアKinghorn Cancer CentreのAndrew Biankin氏は、99名の手術適応にある(ステージ1、2)膵がん患者のがん細胞の遺伝子変異を検索した。その結果、少なくとも40種以上におよぶ遺伝子変異が膵がん患者に認められることを明らかにした。つまり、K−RAS、p16/CDKN2A、TP53、SMAD4の4大遺伝子の変異が起こってしまった後は、細かな変異が蓄積し、環境に応じて多様に進化してしまうということだ。

 膵がんが多様な遺伝子変異の集合体となった場合、どこまでその変異に立脚した医療ができるかは未知数といえる。Hruban氏が発表したように、マイトマイシンCのような古くからある治療薬を使うことができる幸運な例もある。しかし、適当な治療薬がない遺伝子変異もある。患者に固有の遺伝子変異を同定して、それに見合う治療薬を処方できるシステムを開発する必要があるが、そのコストについても、公的な保険の対象となるかどうか、今の日本の財政基盤を考えると心もとない。

 膵がんのこのような遺伝子変異が発見されても、断片化された市場を嫌って、製薬会社が治療薬の開発をためらうことも考えられる。遺伝子解析技術の進歩は膵がん攻略のシナリオを描きつつも、同時にその課題をも明らかにしたといえそうだ。

【PART 2】さよならブロックバスター
―製薬・診断薬メーカーはどう考えているか?

 “遺伝子変異−based medicine”が浸透すれば、1剤当たりの処方件数は限られる。分子標的治療薬を手掛ける製薬企業も方針転換を余儀なくされる。また、遺伝子変異を検出する診断薬へも対応を迫られることになる。これら産業セクターが日ごろどのような議論をしているのか。11月7日〜8日に東京で開かれた企業カンファレンス第3回Oncology Japan(主催:eyeforpharma)に、それを垣間見ることができた。

第3回Oncology Japanの会場風景。

 がんの薬物療法ではしかるべき患者を選択し、薬物使用の利益の最大化を図るスタイルが主流になりつつある。それに伴い、存在感が増しているのがバイオマーカーの役割。バイオマーカーとは、臨床現場から見ると検査薬、診断薬と読み替えることもできる。NSCLCのEGFR遺伝子変異、大腸がんのK−RAS遺伝子変異など、既にバイオマーカー検査が必須の薬物療法がある(表1)。カンファレンスで講演したロシュ・ダイアグノスティックスのメディカルマーケティング部長の田澤義明氏は、「これらの検査は、治療薬を使用する、しないという方針を決定するための薬剤であり、メーカーとしても格段に重い責任を感じるとともに、劇的な方針転換を取らざるを得ない。これらは検査薬の破壊的なイノベーションだ」と指摘した。

 こうした、治療薬の処方に付随して使用する診断薬は「コンパニオン診断薬」(CoDx)と呼ばれている。遺伝子変異−based medicineの遂行には、精度が高いCoDxのキットが必要になる。既に米食品医薬品局(FDA)や欧州医薬品庁(EMEA)が、CoDxのガイダンス案を公表している(表2)。特にFDAはCoDxについて新薬と同時開発および同時薬事承認申請が原則としており、新薬の臨床試験と同時に前向き試験でCoDxを評価するよう求めている。これがCoDxの国際的な定義となっている。

表1● 日本で承認された遺伝子変異−based medicineの薬剤と検査

表2● FDAガイダンス案の要点