遺伝子変異を基に治療薬を処方
 こうした遺伝子変異−based medicineの最初の成功例は、既に上皮成長因子受容体(EGFR)変異やEML4−ALKキメラ遺伝子変異の有無を基に薬剤選択を行う非小細胞肺がん(NSCLC)やK−RAS遺伝子変異を評価する大腸がんの薬物療法で先行しているが、膵がんでも小規模ながら成果を挙げる兆しが出ている。

 Johns Hopkins大学教授のRalph Hruban氏は、膵臓の腫瘍の遺伝子解析を網羅的に進めている。同シンポジウムで行った講演の中で、膵神経内分泌腫瘍(P−NET)の細胞内で代謝を調節しているmTOR遺伝子変異が14%の患者に認められたことから、これらの患者を選抜して、mTOR阻害薬のエベロリムスを投与、「進行もしくは死亡リスクを65%低減させた」事例を紹介した。

 また、同大学が長年、続けてきた家族性膵がんの登録事業の過程で、PALB2遺伝子変異を持っている患者を発見。こうした患者に日本でも馴染みが深い抗がん剤のマイトマイシンCを投与して、延命させることに成功している。新しく見つかった遺伝子変異に対して、ゼロから新薬を開発するのは時間と手間が掛かる。古くからの薬を再評価する手段としてもこの遺伝子解析は重宝される可能性がありそうだ。

東京女子医科大学・国際統合医科学教授の古川徹氏。

 遺伝子の塩基配列を高速で解析する「次世代DNAシーケンサー」が開発されており、「1000ドルで人間1人のすべての遺伝子配列を読み解ける」時代が目前に来ている。

 東京女子医科大学教授の古川徹氏は、「患者ごとに遺伝子を解析して、治療薬を選択する時代は、確実に来る」と語る(図2)。「そのためにも遺伝子変異の意味を解明し、治療薬を選択する根拠を解明しておく必要がある」という。

 古川氏は膵臓にできる嚢胞腫瘍の1種である膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)の半数程度にGNAS遺伝子の変異が認められることを2011年に報告した(同様の報告は独立してJohns Hopkins大学のグループも報告している)。GNAS遺伝子は細胞内のシグナル伝達に関わるGたんぱく質の1種をコードする遺伝子だが、膵がんとの関連が明らかになったのはこれが初めて。IPMNから膵がんに移行する例もあるが、IPMNに由来しない膵がんではGNAS遺伝子変異は認められないことから、IPMNの本質的な原因遺伝子である可能性が高い。今後、古川氏はIPMN発症プロセスにおけるGNAS遺伝子変異の意義を調べていく計画だという。

 Hruban氏はほかの嚢胞腫瘍である粘液性嚢胞性腫瘍(MCN)や漿液性嚢胞性腫瘍(SCN)、solid−pseudopapillary neoplasm(SPN)についても特徴的な遺伝子変異を明らかにしている。これら嚢胞性腫瘍と、膵がんやIPMNの鑑別は、治療法を選択する上で重要な情報となる可能性がある。同氏は、十二指腸液から遺伝子検索を行うことにより、これら膵腫瘍の鑑別を行う診断法の開発を進めているという。この十二指腸液から遺伝子変異を探す技術を確立する意義は大きい。

図2● 近い将来患者の遺伝子変異に応じた薬剤選択が可能になるかもしれない
(イラスト◎なかがわみさこ)

腎細胞がんとは異なった治療戦略
 こうした遺伝子変異の解析は、治療薬の選択だけではなく、手術の位置付けにも大きな影響を及ぼす可能性がある。Hruban氏は、「膵がんの変異は、K−RAS、p16/CDKN2A、TP53、SMAD4の変異が先行する。これら遺伝子は正常細胞にとっても重要な遺伝子で、阻害薬を投与する治療は困難だ。もし、根治を目指すなら、これらの変異を早期に見つけて切除すること以外に対策はない」と話す。

 同氏によれば、この膵がんとは対照的なのが腎細胞がんだ。VHL遺伝子という共通した遺伝子の変異も見られるが、がん化の早期から多くの異なった遺伝子変異が見られる。腎細胞がんは再発しても比較的多くの治療薬があり、切除できなくてもそれらに対する治療薬を使い分けることによって長期生存が期待できる。明らかに膵がんの遺伝子変異の蓄積パターンとは異なり、これが予後の違いに反映している可能性があるという。