がん細胞に過剰に発現し、増殖や転移に関与しているたんぱく質の機能を阻害する分子標的治療薬の登場。以来、その主犯格の分子を割り出し、その働きをブロックする方法論ががん克服の王道となった。欧州でも承認されたEML4−ALK遺伝子陽性非小細胞肺がんに特異的に作用するクリゾチニブは、その輝かしい成功モデルといえる。がん医療のパラダイムシフトに臨床現場はどのように応えるべきだろうか。



【PART 1】膵がんの治療成績向上カギは遺伝子にあり
―京都で世界の研究者が語り合った

 主要ながんの中でも特に予後が悪いがんである膵がんの治療成績を上げるために、何が必要か? このテーマを徹底的に論じるために、世界トップクラスの研究者たちが10月の京都に集まった。ここで語られたのは、遺伝子変異検索の重要性であり、その結果を基にした膵がん治療の新体系構築の可能性であった。まず、10月4日〜6日、京都で開催されたInternational Symposium on Pancreas Cancer 2012(後援:日本膵臓学会)の討議から新たながん医療の姿を展望する。

日欧米の研究者が参加した「国際膵臓癌シンポジウム2012」。

 「がんは形態の病気ではなく遺伝子の病気。がん細胞の遺伝子変異の解析なくして、がんの攻略はなし得ない」(国立がん研究センター研究所・難治がん研究分野ユニット長の谷内田真一氏)。

 「国際膵臓癌シンポジウム」(International Symposium on Pancreas Cancer 2012)が10月4日から3日間にわたって京都で開催された。膵がんが発見されてからの生存期間中央値は半年足らず。ほかのがんが年々治療成績を向上させているのに、膵がんの治療成績は最も変化が乏しい。このがん医療の劣等生を救済するために、どのような対策が必要か?手術や放射線治療、薬物療法は重要な選択肢だが、ほかのがん医療が着手していない思い切った手を打つ必要があることも明らかだ。

 そうした思いが参加者の間にも強かったのか、最も多くの時間が費やされた議論が、“膵がんの遺伝子変異”の問題だった。言い換えると患者の遺伝子変異を効率よく検索し、その結果を膵がんの本態把握、さらには新しい治療へと結びつけるためにはどうしたらいいのかという問題だった。

国立がん研究センター研究所の谷内田真一氏と米Johns Hopkins大学のRalph Hruban氏

 谷内田氏は、香川大学から米Johns Hopkins大学に留学中の2008年に、この分野でクリーンヒットを飛ばしていた。7名の膵がん患者から取得した20,661個の遺伝子を解析した結果、膵がんはがん細胞の発生から原発巣の形成、さらに転移まで遺伝子変異を蓄積しながらダーウィンが唱えたような“進化”を遂げていることを明らかにしたのだ(図1)。遺伝子変異が起こる確率から計算したところ、膵がん細胞の発生から原発巣の形成まで約11.7年、原発巣の形成から転移が起こるまで約6.8年かかることも分かった。

 この報告の意義は2つある。1つは、難敵膵がんといえども、発生から顕在化までに10年以上の時間を要することが明らかになったことだ。少なくとも転移までに18年近くかかる。この間に病巣を発見できれば、膵がんでもほかの固形がん並みの治療成績に持っていくことができる。つまり、早期発見技術の追究に理論的根拠を与えたことになる。

 もう1つは、遺伝子変異蓄積のパターンを研究すれば、がん細胞の生物学的な特性に合った治療法が確立できるかもしれないという点だ。遺伝子変異の蓄積が徐々に膵がんを悪性化させていくとすれば、その遺伝子変異に応じた治療を選択することによって、治療成績の向上を図ることができるだろう。

 生物進化とは、ランダムな遺伝子変異と、そこに加わる自然淘汰圧との相乗作用によって、長い時間をかけて生物が連続的に、ある一定方向に変化していく現象だ。患者の体の中で進化している膵がんの場合、淘汰圧として働く要因の中でもとりわけ重要なのは、「おそらく低酸素状態」だと谷内田氏は指摘する。「増殖の過程で、低酸素状態に置かれると、その環境に適応した遺伝子変異を繰り返し、環境に適応した細胞が生き残っていく」。こうした遺伝子変異に対抗する分子標的治療薬を用意することができれば、膵がん患者を今以上、延命させることが可能になるはずだ。

図1● 膵がん細胞の分子進化