全国の大学に腫瘍内科講座が増えてきた。新薬の増加とともに複雑なレジメンが増えてきたこと、がんプロフェッショナル養成事業に文部科学省が力を入れてきたことなどがその理由だ。がん診療連携拠点病院にすら薬物療法の専門医が不足しているという事態に好転の徴候が見えてきたと言えるのか。長く国立がんセンター、埼玉医科大学で腫瘍内科学を先導し、この程、母校に腫瘍内科学の教授として赴任した佐々木康綱氏に腫瘍内科の近未来を展望してもらった。 (聞き手:小崎丈太郎=本誌編集長)


佐々木 康綱(ささき・やすつな)氏
長野県出身。1980年に昭和大学医学部を卒業。国立がんセンター中央病院、米国Maryland州立大がんセンター客員研究員、国立がんセンター東病院化学療法科医長、埼玉医科大学腫瘍内科教授を経て、2012年から現職。
(写真◎清水真帆呂)

―全国の大学に腫瘍内科学講座が増えてきました。どのようにお考えですか。

佐々木 がん医療に対する関心の高まりとともに腫瘍内科に関心が高まり、各大学に講座が増えてきたことは非常に喜ばしいのですが、各大学で行われていることが、本当の腫瘍内科、欧米流の腫瘍内科の活動といえるのか危惧しているところです。それは、この昭和大学も例外ではありません。

―腫瘍内科は日本と欧米で異なっているということですか。

佐々木 全国の腫瘍内科の教授、もしくは診療科長の専門性が非常に偏っていることが問題です。腫瘍内科の教授、診療科長といっても、多くの種類の固形がんの薬物療法に精通した医師というのは、実はそんなに多くはありません。欧米では、腫瘍内科医というと、最低でも2つ以上のサブスペシャリティーを持っている必要がある。そうすると、大学によっては腫瘍内科といいながら、教授の専門性が消化器がんだとすると、消化器内科と同じことをやっているのではないか。その意味で、羊頭狗肉になっている可能性があり、自らを省みる必要があります。

腫瘍内科の仕事は原発不明がんの診療?
佐々木 大学によっては、既存の診療科がなかなか自分たちの領域のがんの薬物療法を腫瘍内科に渡さないということが起こっている。非常に極端な例をいうと、腫瘍内科という教室が原発不明がんを診るような教室になってしまっているケースすらあるわけです。

 現実に、昭和大学の例でお話しします。腫瘍内科は2009年に誕生したのですが、消化器外科が手術した患者さんの再発例や、最初に消化器外科に紹介になった患者さんの薬物療法を担当していました。ですから、腫瘍内科という名前はついているけれども、実態は消化器内科です。だから、教室員に例えば肺がんだとか乳がんだとか、原発不明がんだとか、子宮がん、卵巣がんといった消化器がん以外のがん種に対する経験が極めて乏しい。そうすると、やはり名前だけを変えた腫瘍内科になっている可能性がある。

 これは昭和大学だけではなくて、他の大学でも腫瘍内科といいながら、その守備範囲が非常に狭くなっている可能性がある。そういう意味で、腫瘍内科が臓器横断的に機能していたのは、近畿大学とかつての埼玉医大くらいだろうと思います。