サルコーマセンター設立記者会見。がん研有明病院長の門田守人氏(左)、「日本に『サルコーマセンターを設立する会』」代表の吉野ゆりえ氏(中)、サルコーマセンター長の松本誠一氏(右)。

 また、治療に分子標的治療薬を導入する場合には、サルコーマ細胞の遺伝子解析を基にした、標的の同定や治療に適した患者選択が必要になるかも知れない。がん研研究所では、がん患者組織をバンキングするシステムが完成しており、遺伝子の網羅的な解析が可能になる。センターにはそうした遺伝子研究の専門家である中村卓郎氏(研究所発がん研究部)も参加している。

 センター化して症例を集積することには2つの意味がある。1つは松本氏が予想したように、世界でサルコーマに対する新薬の開発が活発化すれば、日本から国際臨床試験に参加することになる。そのときの中心的な役割を果たす組織が必要になる。それが同院のサルコーマセンターということになるだろう。もう1つの狙いは、症例集積によって、外科手術の技術水準を高い状態で維持することだ。新薬の評価にあたっても、水準の高い手術が行われることが前提になる。「臨床試験は多施設で行うのが普通だが、年間数例しか手術しない施設を入れることはデータがばらつく原因になる」と松本氏は言う。

 今回のセンター設立の立役者の1人となった「日本に『サルコーマセンターを設立する会』」の代表、吉野ゆりえ氏が記者会見で明らかにした経験は、希少がん医療を考える上で、教訓的だ。

後腹膜平滑筋肉腫を良性と診断
 激しい腹痛を主訴に大学病院を受診した吉野氏は、10cmほどの腫瘍が発見されたものの、血液検査で良性腫瘍と診断された。腹腔鏡手術の術中の細胞診でも良性と判定されたことから、そのまま摘除された。しかし、2週間後に病院に呼び戻され、腫瘍は良性ではなくサルコーマの1つである後腹膜平滑筋肉腫だったとの病理検査の結果を告げられた。腹腔鏡手術では、腫瘍をばらばらにして吸い取ることから、この過程で腫瘍細胞が腹腔内に残っている可能性も説明されたという。

 その後は再発転移を繰り返し、腹部だけで5度手術、6度目は両肺同時の転移手術、7度目は腕・背中・大腿部への転移手術、8度目は腕・体幹・肺・大腿部への転移手術、さらに今年は下腿への転移手術を経験した。「サルコーマは臓器別でくくることができず、しかも再発転移が多いために身体中の外科医がそろっている病院や種類が多いサルコーマに詳しい内科医がいる病院が望まれる」と吉野氏は語った。

サルコーマの正確な診断には病理部の力量も鍵だ(写真はがん研有明病院病理部長の石川雄一氏)。

腫瘍内科医が中心的役割
 吉野氏は、この闘病の間に米国のMD Anderson Cancer Center(MDACC、テキサス州)を訪問し、米国のサルコーマ医療を視察している。そこでは、最初にサルコーマ専門の腫瘍内科医がコーディネーターとして診察し、外科手術なのか放射線治療なのか抗がん剤投与なのか、あるいはそれらの組み合わせなのかの治療方針を決定していた。腫瘍内科医が判断に迷う場合は、サルコーマカンファレンスが開催され、治療方針の検討が行われていた。吉野氏が望む、サルコーマセンターとは、このMDACCのサルコーマセンターのような組織だ。

 がん研有明病院のサルコーマセンターに先駆けて、2009年には国立がんセンター中央病院(当時)で、院長だった土屋氏が「肉腫(サルコーマ)診療グループ」を立ち上げている。13科40名以上のがん専門医が定期的に「サルコーマカンファレンス」を開催、並行して設置した「肉腫ホットライン」には年間800件もの相談が寄せられるという。こうした問い合わせの多さを見ても、日本国内には「がん難民にすらなることができないサルコーマの患者さんが大勢いる」と同氏は見ている。

希少がん対策のモデルケースに
 国のがん対策を総合的に進める「がん対策推進協議会」の会長でもある門田氏は、このサルコーマセンターの設立が希少がん対策のモデルケースとなることを期待すると語る。

 「5年前、がん対策基本法を討議していたときテーマは5大がん(肺がん、胃がん、大腸がん、乳がん、肝臓がん)診療の均てん化をどうするかというものだった。しかし、その後は希少がん対策の拡充を求める声が高まってきた。サルコーマセンターの発足は、この問題に1つの答えを出してくれるのではないかと考えている」