特定医療法人・沖縄徳洲会の湘南鎌倉総合病院(鎌倉市)が、2年後を目標に「湘南鎌倉がんセンター」を設立する。どんな患者も拒まない、24時間診療の実現など日本の医療界の注目の的であった徳洲会は近年、グループ独自にがん医療のあるべき姿を追求してきた。湘南鎌倉がんセンターは、その集大成となる予定だ。


オンコロジーセンターを率いる太田氏。人脈を活かした人材確保も課せられたミッションの1つ。
(写真◎清水真帆呂)

 湘南鎌倉総合病院では、毎月第3火曜日に症例検討などを主体としたCancer Boardを開催している。同病院は、拡張型心筋症に対する左室縮小形成術、いわゆるバチスタ手術の国内第1例を1996年に実施するなど、循環器疾患の治療に長じた医療機関として国内外に名をとどろかせてきたが、院内にオンコロジーセンターを擁し、がん医療にも取り組んでいることはあまり知られていない。

 取材に訪れた日はそのCancer Boardの開催日だった。司会進行役は、副院長でオンコロジーセンター長の太田惠一朗氏。声楽が趣味という同氏のよく通る、落ち着いた声で、議事が進んでいく。この太田氏こそが次代の徳洲会グループのがん医療の中核となるべき役割が期待されている。

 太田氏がこの湘南鎌倉総合病院に赴任したのは、今年の4月1日。1982年に国立がんセンター(現国立がん研究センター)の外科のレジデントになり3年後の85年からは、癌研究会附属病院で18年間、外科医として勤務。筑波大学を経て、2006年からは国際医療福祉大学三田病院外科・消化器センター教授を務める。一貫して消化器外科、言いかえると消化器がんの手術を手がけてきた。

 太田氏の現在の肩書は、前述のように副院長、オンコロジーセンター長だが、もう1つが「湘南鎌倉がんセンター準備室長」だ。

患者を断らないがんセンターを目指す
 徳洲会といえば、医療界の風雲児である徳田虎雄氏が一代で築きあげた民間で最大規模の病院グループ。徳田氏は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発病し、身体の自由がきかない状態にあるが、国内外のグループ病院の会議をテレビカメラでモニターし、平仮名ボードを視線で示し、文章化する意思表示法を駆使するなど、現在も現職の理事長として、グループ内に目を光らせる、依然として畏怖される存在だ。グループ内の週刊機関紙である徳洲新聞のコラム「徳田理事長の1週間」では、自治体関係者、政治家、新聞社の元社長、グループ病院の院長など、毎日10名ほどの訪問客があることが分かる。その徳田氏が入院しているのが、湘南鎌倉総合病院の最上階の専用病室だ。

湘南鎌倉総合病院。1988年に開設され、2010年9月に現在の鎌倉市岡本に新築移転(病床数574床)。放射線照射設備、再生医療の幹細胞移植用セルプロセッシングセンターを備える。

 「徳田理事長には3回ほど会った。がん医療になみなみならない関心があることがよく分かった」と太田氏は語る。この徳田氏の号令のもとに動き出しているのが、湘南鎌倉がんセンター構想というわけだ。

がん治療支援・緩和ケアチームの立ち上げ
 赴任した太田氏の最初の仕事は、がん治療支援・緩和ケアチームの立ち上げだった。外科医であると同時に、東京都港区の在宅緩和ケア支援推進協議会のメンバーでもある同氏にとって、緩和ケアはライフワークの1つでもある。

 この作業を太田氏は、「大した苦労もなく、パッと立ち上がった」という。

 同病院では、2008年に外来化学療法センターを発足、既にがん薬物療法看護師や薬剤師が在籍していた。このがん治療支援・緩和ケアチームの立ち上がりは、がん診療の潜在的な資源が豊富であることの証明と同氏は語る。