メトホルミンががんリスクを低減させる仕組みについては現在までにいくつかの経路が提案されている(図3)。欧米のがんの専門家が最も注目しているのは、やはり高血糖、高インスリン血症を改善することによるがん細胞の増殖を抑える経路だ。このメトホルミンの作用機序を理解する上で鍵になるのが、AMP活性化キナーゼ(AMPK)だ。酵母から人間まで広く真核生物の存在する酵素で、AMP量に応じてATPを合成する働きから、“細胞内のエネルギーセンサー”として機能している。このAMPはアデノシン1リン酸の略称。生体のエネルギー通貨であるアデノシン3リン酸(ATP)は、リン酸を減らす過程でエネルギーを放出して、AMPになるのだが、細胞内でATPが枯渇した状態、言い換えるとAMP:ATP比が上昇した状態を察知してAMPKは活性化される。

がん幹細胞への作用を検証する
 メトホルミンの抗腫瘍効果については、ここ数年がん幹細胞の増殖抑制効果が注目されている。
 がん幹細胞研究の第一人者である慶應義塾大学の佐谷氏は、メトホルミンががん幹細胞の増殖に影響を与えるかどうかを検証するためには、現時点でデータが不足していると指摘する。メトホルミン単剤ががん幹細胞に直接作用しているのかどうかを検証するためには、がん幹細胞の細胞表面マーカーであるCD44抗原陽性細胞がメトホルミン処理によって減少するかどうかをフローサイトメトリー(FACS)で確認する。ヌードマウスに移植したがん幹細胞がメトホルミン投与で抑制されるかどうかを検討する。また、がん幹細胞は浮遊培養すると凝集して3次元構造を取る。この状態をスフェロイドというが、このスフェロイド形成をメトホルミンが阻害することができるかどうかを検討することも1つの方法だと語る。メトホルミンを販売する製薬会社の大日本住友製薬は「現在のところ、メトホルミンをがん分野に適応拡大する計画はない」と語っているが、メトホルミンのメカニズムの研究が、真に科学的な化学予防に道を開く可能性はある。

 佐谷氏もメトホルミンへの研究に着手する意向を固めている。「メトホルミンががんに効くという話はこれまでウワサのレベルだったが、最近になって科学のステージに上がってきたといえると思う。我々としても避けては通れないテーマになったと考えている」。