その結果をまとめたのが表2。P−NEC G3は、小細胞型、大細胞型ともによく似た遺伝子変異のパターンを示した。一方で、P−NETや通常型膵管がんとは異なっていた。さらに、興味深いことに小細胞肺がんと非常によく似た遺伝子変異パターンを有していた(表3)。小細胞肺がんの化学療法レジメンの採用の正しさを裏付けた格好だ。特に、抗アポトーシス分子Bcl−2たんぱくの発現がP−NET G1/G2や通常型膵管がんよりも高く、小細胞肺がんと類似していた。

 これらの結果から、谷内田氏は「少なくとも2010年のWHO分類を見直して、P−NEC G3はP−NETとは別の疾患概念としてさらに明瞭に分けるべき」と指摘する。さらに、Bcl−2たんぱくの高発現があることから、Bcl−2たんぱくの阻害薬を併用することによって奏効する可能性も浮上してきた。
谷内田真一氏。「治癒可能な2cm径未満の段階で膵管がんを発見する技術の開発」も同氏の研究目標だ。

 ただし、遺伝子変異のパターンが似ているから、化学療法レジメンが同じであるから、同じがんと言ってしまって良いわけではない。“遺伝子変異パターンが同じ”と谷内田氏がカンファレンスなどで報告すると、「小細胞肺がんの膵転移ではないか」と質問されるという。「CT検査などで、肺に原発巣が認められない症例でも同様な結果であり、膵転移ではない」というのが谷内田氏の答えだ。

治療の同一性の合理的な根拠
 肺と膵臓という発生母地は異なりながら、類似の遺伝子変異が起こり、結果的に類似の化学療法感受性が備わっている。つまり、こうした知見が集積してくれば将来は、臓器ごとではなく遺伝子変異パターン別のがんの再分類が起こる可能性がほかのがん種でも出てきたといえるだろう。

 この結果を各臓器がんの専門家はどう見るか。横浜市立大学附属市民総合医療センター呼吸器病研究センター外科・化学療法・緩和ケア部准教授(部長)の坪井正博氏は、「基本的に神経内分泌腫瘍は臓器別というよりも、この組織型で1つのカテゴリーと認識されており、NCCNガイドラインでもこのカテゴリーのガイドラインが出ている。これらの腫瘍は同じような遺伝的な背景があることは容易に想像でき、今回の(谷内田氏の)発表はそれを裏付けたものと言える」と言う。

 膵臓の腫瘍を専門とする九州大学大学院医学研究院病態制御内科学准教授の伊藤鉄英氏は、谷内田氏の研究を「非常に興味あるデータ」と評価する。特に各がん細胞の遺伝子発現のパターンから新しい治療薬が選択される可能性に期待をかける。「P−NECの大細胞がんではmTOR(mammalian target of rapamycin)遺伝子が強発現しているという報告もあり、mTOR 阻害薬が奏効する可能性を示唆している。遺伝子変異パターンによるがんの分類は非常に興味ある話」と語った。

 こうした遺伝子変異パターンからがんを再分類し、治療法選択の合理性を高めるためには、遺伝子解析技術の精度を担保する必要があることはいうまでもない。同時に、変異の質、とりわけ表現型にどの程度反映されるのかを把握することが前提になると指摘するのは近畿大学医学部ゲノム生物学教授の西尾和人氏だ。

 「典型的ながん抑制遺伝子であるRb、p53の欠失頻度は似ているといえるが、がん遺伝子のK−RASについては異なっており、まだ微妙な感じがする。治療の同一性の根拠とするには、治療の効果に関係する遺伝子変異のパターン、あるいはコピー数解析により、遺伝子増幅のパターンの同一性を示すことができれば説得力が出てくる」と指摘する。西尾氏自身、原発不明がんの遺伝子を解析することにより原発巣を特定する研究を進めており、近くその中間解析の結果を報告する予定だという。

 今回の谷内田氏の報告のもう1つの教訓は、がん組織を体系的に収集する組織バンクの重要性だ。膵神経内分泌腫瘍のさらに一部に過ぎないP−NECの遺伝子を解析するためには、米国の組織バンクが重要な役割を果たした。患者数が多いがんでも様々な遺伝子変異を持った小集団の集合体である可能性が出ている。こうしたがんの実態を把握するためにも、今後組織バンクの重要性は高まることになるだろう。