NICEでは、様々な疾患や治療技術における医療経済評価の結果を比較することができるように、経済評価の方法に関するガイドラインを作成している5)。その中でいくつかの特徴がある。まず、アウトカムとしては質調整生存年(Quality Adjusted Life Year: QALY)を用いることになっている点である。イギリス以外でも医療資源配分に経済評価を応用している国ではよく用いられている指標である。QALYといった指標を用いる理由としては、様々な疾患領域や治療技術、予防法等について、その結果が比較できる点が挙げられる。 

 がん領域においても、生存年数の延長だけが目的ではなく、QOLも重要な要素である。これを総合的に評価するアウトカム尺度を用いることにより、医療資源配分に応用しようという考え方である。しかし、健康関連QOLの評価には課題もある。がんに特異的な評価尺度としては、FACT(Functional Assessment of Cancer Therapy)やEORTC QLQ(European Organization for Research and Treatment of Cancer,Quality of Life Questionnaire)といったものがあるが、QALYの算出のためには、0から1のスケールで評価できる尺度が必要であり、近年ではEuroQolやHUI(Health Utilities Index)といった尺度が用いられている。日本では様々な状態に関するQOL評価が十分に行われていないため、今後の課題である。

 また、経済評価はNHSの視点から行うことになっており、費用として含めるものは主としてNHSが負担する医療費である。そのため、例えば医療を受ける際に仕事ができなくなるといった労働損失は考慮されていない。

 医療経済評価においては、新規技術を従来の技術と比較し、たとえ費用削減にならなくても、追加的な投資に見合う価値があれば効率的であると判断される。NICEでは1QALY増加に対して3万ポンド以下であれば概ね効率的であるという基準を示している。

 NICEにおける評価にはいくつかの課題が指摘されてきた。まず、評価に時間がかかる点が挙げられる。設立当初のNICEによる評価には概ね1〜2年の時間を要していた。イギリスではこれに対応するために、単一薬剤の単一適応症に関して迅速なプロセスで評価を行うSingle Technology Assessment (STA)が2006年に導入された6)。これはメーカーからの提出資料を活用し、それをアセスメントチームが評価する方式で、初めて適用された乳がん術後補助療法としてのトラスツズマブ投与のガイダンスは承認後1カ月で推奨が出されている。

 NICEのもう1つの課題として、NICEが非推奨と結論した医薬品には患者がアクセスできないという問題がある。特に転移性のがんの治療に用いる薬剤については、例えば平均で3カ月の余命延長があるとしても、その間のQOL評価値が低ければQALYに換算したときにはわずかなQALY増加となり、そのために数百万円の費用がかかるとすると1QALY増加に対して3万ポンド以上の費用がかかる計算になり、非推奨とされてしまう。しかし、そもそも平均的な予後が限られている疾患については数カ月の延命は重要な意味を持つ。そこで、NICEでは2009年より終末期の医療に関する評価として特別な方法を示している7)。これは、(1)期待される予後が24カ月未満、(2)延命効果が3カ月以上、(3)患者数が多くない、という条件を満たす場合に、延命期間のQOL評価値を健常人と同じとして算出するという仕組みである。一般的には終末期にはQOLが低下していると考えられるが、この期間の延命は健常な状態で延命するのと同程度の価値があるという考えである。実際にこの基準を適用して推奨されるようになった医薬品もある。

 NICEが非推奨としたものでも制度上は、患者が自己負担したり民間保険を利用するなどすれば使用できないことはないが、実際にはNHSで使用できない医薬品はあまり処方されないようである。これは患者にとっては大きな問題である。日本では医療用医薬品として承認された場合には原則として全て公的医療保険による給付対象となり、承認後90日以内には保険収載される。

患者のアクセスを確保する仕組み
 もし医薬品へのアクセス阻害が大きくなれば、患者からの不満が発生すると思われる。NICEではこれに対して、支払調整方式といった手法を用いて、一定の条件をつけることでNICEが推奨するという方法を取り入れている8)