その一方で、例えばp53を投与する遺伝子治療とか、少なくともin vitroではp53をリストア(restore)することでがん細胞の増殖が停止したり死んでしまう現象も見つかってきました。EGFR−TKIはその典型ですけれども、そういうふうに、たった1つの分子を抑えただけで、がんが死ぬというような現象が認められたので、Bernard Weinsteinという医師が提唱したコンセプトがoncogene addictionです。非常に魅力的なネーミングです。

 その後、慢性骨髄性白血病(CML)、間質性消化管腫瘍(GIST)などで分子標的治療薬のイマチニブが奏効する現象をうまく説明できることが明らかになり、急速に広まってきました。さらにがん細胞の遺伝子には多くの変異が見つかりますが、それががん化に中心的な役割を果たしていると見られる場合はdriver mutationといい、そうでない変異をpassenger mutationと呼んで区別していますが、その理論的な背景にもなっています。EGFR変異はdriver mutationの1つであって、そこを抑えるとaddictしている肺がん細胞は死ぬということだと思います。

大江 おそらく肺がんの中でも、ALK(後述)やEGFRのような単一遺伝子の変異で起こっているがんもあれば、多段階の遺伝子変異で起こっているがんもあるのではないでしょうか。ただ、それはまだ解明されていないだけという気がします。ところで、先ほどoncogene addictionのがんを、EGFR−TKIなどで抑えたときに細胞が死ぬと言われていましたけれども、あれ、本当に死んでいるんですかね。

光冨 それはアポトーシスだから、死んでいるんですね。

大江 実際に、例えばイレッサでも、非常に効いていても、止めればすぐ大きくなってくるし、イレッサでの治癒は今のところ、まずありません。よく効いたとしてもですね。だから、本当に死んでいるかどうか、僕は個人的には疑問に思っています。

光冨 それは、やはりがん幹細胞を考慮する必要がありますね。大部分は死んでいる。それは、 in vitroでは確かめられていますが、一方で死なない細胞集団があって、それらがまた出てくるというような考え方じゃないですかね。

西條 例えば、遺伝子変異のある細胞株のPC−9に、イレッサやタルセバを加えると、非常に低い濃度で全部死んでしまいます。

大江 そうですか。

西條 あのような培養細胞は、モノクローナルと考えられます。

大江 モノクローナルな細胞はやはり「死ぬ」のですかね。

西條 「死ぬ」のだと思いますね。臨床の場合がん組織のheterogeneityを考慮する必要がありますね。臨床的に奏効するといっても大半は部分奏効(PR)で、完全奏効(CR)がほとんどありません。つまり、一部の死ななかった細胞から再びがんの増殖が始まるということです。だからすぐ再発してくることになる。

大江 理由の1つは2次的に入る突然変異だと思います。EGFRたんぱく質の790番目のアミノ酸の置換(トレオニン→メチオニン)が起こる“T790Mの変異”に代表されるような薬剤耐性を引き起こす変異が新たに加わる。MET遺伝子の発現などEGFRとは別の増殖因子受容体が活性化してそちらから増殖シグナルが入ってくるということも考えられます。

 それから、EGFRの変異があるがん細胞とないがん細胞とが肺がんの中に混在している可能性もあるという気がします。つまりheterogeneityがある。

光冨 heterogeneityに関しては、愛知県がんセンターの谷田部恭先生(遺伝子病理診断部長)が非常に詳細な解析をしています。同氏によるとEGFRの変異のheterogeneityはまずない。それは、同じ腫瘍の中でも、それから例えば原発と転移先でも、それから原発と何年後かの再発とか、そういう空間的、時間的なheterogeneityはあったとしても例外です。まずありません。

 しかし遺伝子コピー数のheterogeneityは存在するそうです。それで、腫瘍が悪くなる段階でコピー数が増えるので、コピー数が増えますと、やはり変異が検出されやすくなります。見かけ上のheterogeneity という意味から谷田部氏はpseudoheterogeneityと呼んでいますが、僕はそれを信じています。

大江 1つ聞いていいですか。例えば、がん細胞があって、その中に変異のある細胞があるとします。変異陽性細胞が存在するかどうかは検査で引っかかります。しかし、変異型と野生型の細胞が混在した場合、野生型を検出することができるのですか。