西條 当時は、マサチューセッツ総合病院(MGH)、Dana Farberがん研究所の連中は、変異遺伝子というようなものに最初から注目をしていたのか、あるいは偶然知ったのか、どっちなんでしょうか。

光冨 Dana Farberグループは、リン酸化酵素(kinase)の変異を系統的にスクリーニングしていたんですね。現在、国際研究プログラムとして進行中のがんゲノム計画の先駆けのような研究を進めていたそうです。肺がん細胞のリン酸化酵素を網羅的にシーケンスする“kinome研究”を進めていたら変異EGFRが発見されたという話です。

 一方、MGHのグループでは、あの論文のシニア・ラストオーサーのDaniel A.Haberが、イレッサが劇的に効く人と効かない人がいるとかいう話を聞いて、「これは標的であるEGFRに突然変異があるに違いない」と予言されたということです。きわめて先見の明がある、優れた基礎科学者の勘が大発見に導いたと言えます。

遺伝子解析の未熟さで紆余曲折
西條 あのデータが出たときには、これで決まりかなと思いました。ところが、いろいろあって、なかなか変異EGFRが真の標的と全ての研究者が認めるまでに時間がかかりました。

光冨 当時の遺伝子の塩基配列を患者さんの検体で精度よく調べる技法がまだ成熟していないという側面があったと思います。欧米の患者さんで変異の割合が日本に比べると低いという問題もありました。 

大江 EGFRの変異のほかにEGFRのコピー数が奏効率に関係するという一派もいましたね。

光冨 それも大きかったですね。2005年にFederico Cappuzzoらコロラドグループが蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH)のデータを出していました。やはり発言力の大きいグループが、突然変異率の低い国で何とか検出率の高いバイオマーカーを探そうとしていました。確かに、チャンスもあったと思うんですけれども、後から聞くと、奏効率とコピー数との間で相関があるとかないとかの判定は、このカットオフ値をいろいろつくってみて、「ここで分けたら分かれるよね」というところで分けているので、あまり科学的ではありませんでした。帰納的と言えばそうなんですが。

国立がん研究センター東病院
副院長/呼吸器腫瘍科呼吸器内科長
大江裕一郎氏

本当にEGFR変異選択的か
大江 あの当時の議論で、僕がもう1つ気になるのは、イレッサのバイオマーカーとタルセバ(一般名「エルロチニブ」)のバイオマーカーがごっちゃになって議論されていたことです。同じEGFR−チロシンキナーゼ阻害薬(EGFR−TKI)でも、イレッサとタルセバは、僕は若干違うような気がします。

 イレッサは、EGFRに変異があるがん細胞にだけ特異的に効くような薬であるのに対して、タルセバは、変異がない人にも、あまり縮小効果はないけれども、延命効果が多少あると思うんです。いろいろなデータや実際に使ったときの印象です。奏効のマーカーなのか生存のマーカーなのかということと、イレッサとタルセバというのは、全部ごっちゃになって議論されていて、何かわけの分からない議論だったんじゃないかなという気が僕は今でもしています。

光冨 しかしイレッサの作用が全てEGFR変異選択的かというと必ずしもそうではありません。副作用は野生型EGFRの患者さんにも出ますから。

大江 副作用?

光冨 野生型の患者さんにもニキビも下痢も出現します。

西條 イレッサによる皮膚炎とか下痢とかは、正常細胞すなわち変異のないEGFRに対して作用している証拠です。だからイレッサは野生型EGFRのリン酸化をも抑制していると思いますね。