近畿大学医学部腫瘍内科
特任教授 西條長宏氏

西條 そうすると、スタートの遅れがなければ日本も外国と同じ程度のスピードで臨床試験は進むというように考えていいですか。

大江 日本の臨床試験のレベルは、そんなに低いわけではありません。特に肺がんは、患者さんも多いし臨床試験に対する意欲や認識も高いため、当然、欧米先進国と同等以上の試験もできると思います。

西條 イレッサが世界に先駆けて承認されたわけですけれども、大江先生が指摘されたようないろいろな問題が出てきました。現在は、よく似た開発経過をたどるような薬というのはありますか。

大江 例えば、最近話題になっているクリゾチニブですね(後述)。これに関しては、開発は、第1相の段階は、ちょっと海外に先行されていますけれども、それ以降に関しては、ほぼ同時に進んでいます。同じデータを用いて承認申請を日米同時に行われています。もっとも、米国で2011年夏に承認されたのに比べると日本ではまだ承認されていないため、若干のラグが生じています。

標的EGFRをめぐる疑問
西條 イレッサはEGFRのリン酸化を抑制するということで最初注目されたわけです。ところが免疫染色でEGFRを検出する検査結果と薬剤の効果が相関しないという問題が浮上しました。あの当時、光冨先生のように分子生物学的アプローチを取っていた方々はどういうように感じておられたのですか。

光冨 免疫染色によるEGFRの発現解析の結果と奏効率が相関しないというデータは割と早くから報告されていました。「それはおかしいよね」という話になり、一時は「イレッサの真の標的はEGFRではなく、別にあるのではないか」とまで言われていました。ただ、投与された患者さんたちを見ていると、ものすごく効く人と全然効かない人が極端に分かれるので、何かあるに違いないと、皆さん思っておられたと思います。

愛知県がんセンター中央病院
副院長/呼吸器外科部長 光冨徹哉氏

 愛知県がんセンターでは、かなり昔から手術の症例は全て、検体を凍結保存しています。そのためバイオマーカーの研究をしやすい環境にあります。いろいろ予後因子とかの研究を進めてきた歴史がありますので、過去にも例えばp53やK−rasなどの遺伝子を調べたデータの蓄積もありました。それらをマトリックスにして、効いた人/効かない人と分けて、K−ras遺伝子はどうの、p53遺伝子はどうのってやっていたんですけれども、イレッサの場合はどれも合わない。ですから「何かあるよね」と院内では話し合っていました。そんな状態で、これは何か生物学的にあるに違いないとは思いつつも、そこから先、手がつかないような状態でしたね。もうちょっと頑張ればよかったなと今でも思うんですけどね。

西條 当時は、遺伝子やたんぱく質の網羅的な発現解析がさかんに行われていて、奏効した患者さんとそうでない患者さんの試料をもとに研究されましたが、なかなか適切なバイオマーカーが見つかりませんでした。ああいう方法では捉まらないものですね。

光冨 そうですね。2000年に、遺伝子発現プロファイルの論文が出て話題になっていました。ちょうどイレッサの発売と重なった時期でしたが、あまりぱっとした予測因子は出ませんでした。やはり遺伝子やたんぱく質の発現という手法ではなかなか難しかったのかなと思います。

変異EGFR報告の衝撃
西條 イレッサのバイオマーカーがEGFR変異だということが明らかになったのは、2004年に奈良で開かれた会議のときでしたね。

光冨 2004年4月の西日本胸部腫瘍臨床研究機構(WJTOG、当時)の国際シンポジウムでその報告を聞いたのですが、本当に衝撃的でした。ペンシルバニアのChandra Belaniが、ちょろっとしゃべられて、その懇親会中にファックスのコピーが参加者の間に出回ったりして、あれは面白い経験でしたね。