イレッサ(一般名「ゲフィチニブ」)は、実用化された初の肺がんの分子標的治療薬である。同時に標的遺伝子の変異をもとに患者を選択する個別化医療の先駆けともなった薬剤だ。一方で肺線維症の発生など、毀誉褒貶にさらされた薬剤でもあった。本誌連載の「イレッサ物語 ある分子標的治療薬の軌跡」の終了を記念し、執筆者の西條長宏氏を中心に、イレッサの臨床に造詣が深い光冨徹哉氏、大江裕一郎氏を交え、一連の経緯を振りかえり、肺がん治療の未来を展望していただいた。


西條 長宏 氏(司会)(左) 大江 裕一郎 氏(右奥) 光冨 徹哉 氏(右手前)

西條 イレッサは、ご存じのように当初、標的は単純に上皮成長因子受容体(EGFR)と考えられてきました。EGFRに、遺伝子変異のある変異型と遺伝子変異がない野生型があることは後で分かりましたが、化合物が合成され、選択されたころは野生型のEGFRが標的と考えられていたと思います。ところが、そうでないということが途中で分かったわけです。分子標的治療薬は、「最初に標的ありき」で開発されていくわけですけれども、必ずしも最初に狙った標的が真の標的とは限らないことが明らかになったと言えると思います。

 イレッサは世界同時に開発が進行し、加えて世界に先駆けて日本で承認されました。このような薬はあまりなくて、最初のスタートアップラグがなければ、日本も十分世界に太刀打ちして早く薬を物にできるということを証明した薬であるとも言えます。

 非臨床・臨床試験を経て、日本人に対して非常によく効くということで迎えられたのですが、発売後、副作用、特に肺線維症で亡くなられる方がたくさん出現して、一時は承認を取り消すべきというような極論も出てまいりました。そういう騒ぎの中、変異を有するEGFRが正しい標的であるということが分かりました。そして、臨床的にもそれを標的とした治療を行えば大変優れた成績が出るということが証明されたわけであります。

 そこまでに10年かかりまして、やっと本格的に治療に取りかかれる時期になりました。一言で言うと非常に数奇な経過をたどった薬だと思います。

早期承認の意義
西條 まず、イレッサが肺がん診療にもたらした意義について話し合っていきたいと思います。世界に先駆けて日本でイレッサが承認されたのですが、その意義についてどう思いますか。

大江 当時、日本で一番問題視されていたのは、どんな抗がん剤も世界各国に比べて承認の時期が非常に遅いというドラッグラグの問題です。薬剤によっては5年近く遅く、諸外国で承認されてから日本で承認される状況にありました。それをイレッサは、最初の段階から日本と海外でほぼ同時に開発が進んだ薬剤でした。2002年1月にアストラゼネカが輸入承認申請し、同年の7月5日には承認されました。審査期間6カ月という非常に短期間の審査で承認されたことも画期的な出来事だったと思います。

 それは非常に良いことであって、今後もどんどん続けてもらいたいんですが、副作用の問題で裁判になりました。裁判の中では、「承認審査が非常に速かったことが悪かった」というような、逆の方向に捉える主張がなされたこともあり、その後のいろいろな薬の審査が逆に時間がかかるようになったというのが、非常に残念なことでした。