岩槻氏ら熊本大学および武田薬品共同研究グループは、胃がんの血行性転移を引き起こすがん細胞がCTCの中に含まれているとにらんでいる。「外科医として根治手術後の転移再発を多数見てきた。CTCと転移再発率との関係が明らかになれば、手術の根治率を向上させる手がかりになる」と岩槻氏。CTCの中にHER2抗原陽性細胞を見出したからにはトラスツズマブの使用を考慮したことは当然の判断といえる。今回の熊本大学グループの報告は、実際にCTCの臨床的有用性が予後を推測するバイオマーカーとしてだけではなく、治療標的としても重要である可能性を先取りして検証したものといえる。

 しかし、問題は簡単ではない。CTCのすべてががんの転移に関与するわけではないからだ。ここにCTCをめぐる臨床的意義が確定していない原因がある。またCTCに関心が集まる理由は、この中にがん幹細胞が存在するのではないかと多くの専門家が期待しているためでもある。だが白血病とは異なり固形がんのCSCについてはなお、存在自体を疑問視する声もあり、CTCの中にCSCが紛れて血液中を流れ、遠隔臓器に転移巣を形成するというシンプルなモデルが証明されていないでいる。

昭和大学横浜市北部病院消化器センター助教の伊藤寛晃氏。

 過去10年間にわたってCTCの研究を続けてきた昭和大学横浜市北部病院消化器センター助教の伊藤寛晃氏は、こう説明する。「がんの原発巣から離れた細胞が脈管に侵入するためには、浸潤、血管新生、血管基質面への接着、血管基底膜の分解、血管内皮細胞間隙の通過というプロセスを経る必要があり、その中の圧倒的多数のCTCが血管内輸送の段階で排除される」。伊藤氏によると、1万個のCTCのうち転移巣形成に関わるのはたった1個と推察されるという。

CTCの臨床的意義が定まらないわけ
 CTCについては米国食品医薬品局(FDA)が乳がんや大腸がんの予後診断システムとして米国ベリデックス社の「CellSearch(R)System」という検査システムを承認している。この装置は、末梢血7.5ml中の1個のCTCまでを再現性よく検出するもので、転移性乳がん、転移性大腸がん、転移性前立腺がんを対象に臨床試験が行われ、予後予測因子としての有用性が示唆されている。

 血液中にはがん細胞以外の様々な細胞が流れている。CellSearchSystemは、上皮細胞接着分子を認識する抗体(抗EpCAM抗体)で上皮性組織由来の細胞を分離、さらに混入した白血球などと区別するために、がん細胞の細胞骨格であるサイトケラチンを特異的な抗体で蛍光染色する操作などを経てがん細胞と混入白血球などとを判別した後に、がん細胞のみを認識する。その臨床的な意義はなお議論があり、通常の血清マーカーのように普及していない。つまり承認はされたものの仮免許に甘んじていることになる。

 CTC検査が停滞する理由を、伊藤氏は、「CTCの多様性にある」と見る。源流に相当するがんの原発巣も多様な細胞で構成されている上、原発巣から離脱したCTC自体が、血液中を流れるうちに変化している可能性があると、伊藤氏は言う。「CTCの中には転移を目的に準備万端で血管内に侵入したものもあれば、腫瘍組織の浸潤、腫瘍の壊死、血管新生などの組織的構造変化により偶然血管内に入ってしまったCTCもあると考えられる。血管に侵入したものの転移形成能を持たずに、結果的に免疫系をかく乱するだけのものもある」と推測する。

 CellSerachSystemが再現性良くCTCを捕捉できても、それらCTCが生物学的に多様な集団であったとしたら、CTC個数が同じであっても予後に違いが出てくることは容易に想像がつく。

そもそもCTCとは何か?
 CTCの様々な検出方法を研究してきた伊藤氏は最近、生きているCTCと死んでいるCTCを峻別する方法を研究している。CTC検出法には前出のCellSearchSystemあるいはCTCの遺伝子を抽出してPCRで増幅して検出する方法などがあるが、共通する弱点はCTCの生死を分けることができないことだと確信している。

 この考えから伊藤氏は、CTCを次の4つに分類する。

A)生存、転移形成能あり、細胞分裂周期非停止
B)生存、転移形成能あり、細胞分裂周期停止
C)生存、転移形成能なし、細胞周期非停止
D)死んだCTC

 A)は転移という目的を持って血管内に侵入したCTC、B)はCSCである可能性があるCTC、C)はがんの進行に応じて、確率論的に血中に流れてきたCTCであり、D)は免疫に攻撃されアポトーシスに追い込まれたCTCということになる。臨床的に意義があるCTCはA)とB)の2つだ。一方で、ただでさえ少数しか存在しないCTCを細分化することは研究のためにより高感度、高精度の検出システムが必要となることを意味している。