がん患者の体内では微量の腫瘍細胞が血流に乗って循環していることが知られている。
こうした腫瘍細胞は末梢循環腫瘍細胞(Circulating Tumour Cell;CTC)と呼ばれ、米国ではがんの予後や化学療法の治療奏効を予測する臨床検査として承認されている。しかしCTCが意味する本当のところはよく分かっていない。転移再発のリスクを間接的に反映したサロゲートマーカーなのか、それとも再発転移の主犯なのか。2月に大阪で開催された第84回日本胃癌学会総会で興味深い発表があった。


熊本大学大学院生命科学研究部消化器外科学助教・岩槻政晃氏。

 CTCにどのような臨床的な意義があるのかは、研究者の間でも長い間見解が分かれるテーマであった。今年の日本胃癌学会総会(ワークショップ「微小転移(リンパ節、腹水、血液)の臨床的意義と臨床応用の可能性」)では、熊本大学大学院生命科学研究部消化器外科学助教・岩槻政晃氏らが興味深い症例を報告している。患者は40代女性で、胃角部小彎に3型胃がんを認め、精査で多発性骨転移および骨髄がん腫症と診断された。胃がん組織の生検ではHER2(ヒト上皮増殖因子受容体2型)抗原は陰性と判断されたが、CTCにはHER2抗原の発現が認められた。そこで、化学療法と抗HER2抗体薬であるトラスツズマブを併用したところ、血液中のCTCは著明に減少し、腫瘍マーカーも低下した。患者は最終的に診断から約1年6カ月後に死亡したが、遺族の了解を得て解剖したところ、胃がんの粘膜面にはHER2抗原陽性細胞は認められなかったが、腫瘍深層部にはHER2抗原を発現している細胞の存在が確認された。詳細は論文発表される予定だ。

 岩槻氏は「この症例1例だけではトラスツズマブが奏効したのかどうかは結論できない」としながら、いくつかの重要なメッセージを持っていると考えている。

 1つは、胃がんが持つ多様性だ。がんはモノクローナルな細胞の集合体ではなく、異なったプロファイルを持った複数種類の細胞で構成されることが明らかになっているが、ほかのがんに比べ胃がんは特に、この同一腫瘍内の多様性が激しい。2011年に承認された胃がん初の分子標的治療薬であるトラスツズマブの適応は、HER2過剰発現が確認された治癒切除不能・進行再発がんに限られている。したがってほぼすべてのケースで組織生検を行ってHER2抗原の発現の有無を確認する必要がある。

 しかし、多様な胃がんの場合、HER2抗原陽性細胞が含まれる腫瘍であっても陰性細胞が採取された場合には、全体でHER2陰性と判断される危険性がある。通常の生検ではこうしたサンプリングバイアスを回避するために、組織採取を複数回行うことが普通だが、岩槻氏らが報告した症例のように、HER2抗原陽性細胞が表層部になかった場合を想定するとやはり懸念は残る。

 もう1つのメッセージは、解剖しなければ分からなかったHER2抗原陽性細胞の存在を、血液中を流れるCTCを検査することで明らかにできたことだ。岩槻氏は「1例の経験なので、CTC検査の意義をはっきりさせるにはなお症例の積み重ねが必要」と慎重だが、がんの深層部からもHER2抗原陽性細胞が血流中に流れ出ることが偶然でなかったのであれば、CTCの検査は生検に付きまとうサンプリングバイアスを克服する新しい手段になるかもしれない。 

 HER2抗原の臨床応用で先行している乳がんでは、HER2抗原の発現量が多いがんは陰性のがんよりも悪性度が高く、予後不良であることが知られている(トラスツズマブの登場で逆転したが)、乳がんの幹細胞(Cancer Stem Cell;CSC)に多く発現する抗原という指摘もある。HER2抗原陽性細胞を見つけ出し、抗HER2抗体治療を行うことはがん患者の生存期間を大きく左右することになる。

 そもそもCTCが注目されてきた理由は、煩雑な組織生検を血液検査で代替する利便性の追求という側面もあった。しかし、最も本質的なテーマは、がん医療における最大のテーマである血行性転移を防止する手がかりになるのではないかという臨床上の期待からであった。