Part 2 【P−GINET】 治療を妨げた“カルチノイドの亡霊”

 アップルコンピュータのCEOとしてiPod、iPhoneの開発を通じ世界のIT業界を牽引してきたSteve Jobs氏の命を奪ったがんとして最近にわかに社会の注目を浴びたのが、希少がんの1つである膵神経内分泌腫瘍(pNET)だ。Jobs氏のケースでは、2003年10月に画像検査と内視鏡検査によってpNETであることが判明したにもかかわらず、本人が拒んだために手術は見送りになった。その後は、翌年7月のCT検査によって腫瘍の増大が確認。ようやく行われた手術の最中に肝臓に3カ所の転移が発見された。

 本格的な治療が開始されたものの、2008年春には、20kgもの体重減少。09年1月には「ホルモンバランスの異常」をアップル社の社員に公表し、実験的な治療や肝臓移植、分子標的治療薬による治療が行われたものの、骨転移が進行、全身に転移、11年10月に死去した。

 自身の病名を公表した時点で、病名を膵臓がんとした報道も見られたが、いわゆる膵臓がんとは異なるがんであるとの知識が広まり、この結果pNETの存在が一般人に知られるきっかけともなった。

 NETとはNeuroendocrine tumourの略称。神経細胞や内分泌細胞に由来する腫瘍の総称で、発生部位は膵、消化管(胃、十二指腸、小腸、虫垂、大腸)、肺など全身の様々な臓器に及ぶ。特に膵臓に発生するNETはpNET、消化管(GI)のNETと合わせてP−GINETと呼ばれる。

pNET患者フォーラムのシンボルマーク。「馬に似て馬ではない」のたとえを「膵臓がんに似て膵臓がんではない」の意味からpNETをシマウマに例えている。

 米国の統計によると、NETの6.4%が膵臓に発生する。膵臓の腫瘍といえば、膵管がんが代表的。日本膵臓学会が実施した「膵癌全国登録調査」(2000〜2005年)によると、膵臓の腫瘍の82.4%が膵管がん。一方でpNETは1.1%に過ぎない。膵管がんが文字通り膵管から発生するのに対して、pNETはインスリンを分泌するランゲルハンス島から発生するという違いがある。

 治療法については日本でもガイドラインの作成が進められているが、治療の基本はまず手術を考慮し、それができない場合あるいは再発した場合は薬物による治療が中心になる。ソマトスタチンアナログによるbiotherapy、さらには5−FU、TS−1、ゲムシタビンなどの化学療法が行われる。2011年にはmTOR阻害薬のエベロリムスが日本で承認された。

 さらに年内に血管新生阻害や細胞増殖阻害効果のあるスニチニブの承認も予想される。こうした治療の選択肢は増えつつあるものの、希少がんゆえの情報の不足が、専門医の悩みであり、患者らにとっては大きな不安要因となっている。

声を上げ始めた患者たち
 2月19日、東京で膵・消化管神経内分泌腫瘍(膵・消化管NET:P−GINET)の会というNET患者の集まりがあった(写真1)。NETに詳しい4名の医師がNETの医療について講演し、その後は医師を交えた懇談会が持たれた。日本のpNET治療の第1人者で、この日講師を務めた九州大学大学院医学研究院病態制御内科学准教授の伊藤鉄英氏は、「NETには、分泌するホルモンの働きによって様々な症状が現れる機能性腫瘍型と症状がない非機能性腫瘍型とに分けることができる。非機能性NETの多くは自覚症状に乏しいために、健康診断の画像診断によって偶然見つかることが多く、肝転移してから見つかることが珍しくない」と正しい診断にたどり着くまでの道程の険しさを強調した。

写真1 全国から100人が参加した膵・消化管神経内分泌腫瘍(膵・消化管NET:P−GINET)の会(主催;NPO法人パンキャンジャパン、第1回NET患者フォーラムin東京実行委員会。協力;支えあう会「α」。協賛;ノバルティスファーマ)

写真6 九州大学大学院医学研究院准教授の伊藤鉄英氏。