新井 そもそも、卵巣がんは検診によって早期発見することが難しいがんです。BRCA遺伝子変異を原因とするHBOCでは、漿液性腺がんが多く、腹膜播種を伴うstage3以上で発見されるケースが少なくありません。そこで選択肢の1つとして注目されているのが、このリスク低減両側卵巣卵管切除術です。NCCNのガイドラインでも「理想的には35〜40歳の間に、出産の完了に伴って、あるいは家系内の最も早い卵巣がんの発症年齢に基づいて、リスク低減両側卵巣卵管切除術を勧める」とされています(下記参照)。

遺伝的にがんリスクが高いと考えられる人々への対策(NCCNガイドライン)
<女性に対して>の部分を抜粋
・理想的には35〜40歳の間に、出産の完了に伴って、あるいは家系内の最も早い卵巣がんの発症年齢に基づいて、リスク低減卵巣卵管切除術を勧める。挙児希望についての話し合いや、がんリスクの程度、期待できる乳がんおよび卵巣がんの予防効果、更年期症状の対応策、実施する可能性がある短期ホルモン補充療法(HRT)、その他関連する医学的事項に関してカウンセリングを行う。
・リスク低減卵巣卵管摘出術を選択しなかった患者においては、6カ月ごとの経腟超音波とCA−125検査の併用による卵巣がん検診を、35歳から、もしくは家系内の最初の卵巣がん診断年齢より5〜10年早い年齢から考慮し、閉経前女性においてできれば月経周期の1〜10日前に実施する。
・乳がんと卵巣がんの化学予防の選択肢について、そのリスクと利益を含めて考慮する。 (NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology.Genetic/familial high−risk assessment:breast and ovarian.V.I.2010)

―海外では、この手術がもう普及しているのですか。

新井 この予防的切除の実施について考え方は普及しており、米国ではHBOCの遺伝カウンセリングの際にこの予防的手術の説明は必ず行われます。ただ、欧米でも遺伝カウンセリングを受けた多くの患者さんがこの手術を受けているわけではありません。MDアンダーソンがんセンターのデータでは、遺伝カウンセリングから遺伝子検査へ進む人は59%、BRCA1/2に遺伝子変異が認められた場合、その半数はサーベイランスを選択しています。実際にリスク低減卵巣卵管切除術を受ける人は変異陽性者の4分の1です。社会的な背景もあると思いますが、生命予後に関わる遺伝的リスクがあるといっても健常な臓器を切除するということになれば慎重になるのは当然かと思います。

患者への説明のポイント
―BRCA1/2遺伝子変異陽性者にこのリスクを説明することが重要になってきますね。

新井 1つは自費診療であることです。最初の患者さんは約90万円の負担になりました。5例ほど症例を重ねた段階で先進医療に申請することを計画していますが、現在は診療に関わる全ての費用が自費となります。

 もう1つは、閉経前の患者が多く対象となりますが、人工的な閉経に伴う更年期障害や骨粗鬆症などの有害事象が生じる可能性があります。最初のケースでは、軽度のホットフラッシュなどの症状が見られたということですが、今のところそれ以外には大きな有害事象は出ていないようです。手術である以上、術後の合併症のリスクもあります。

 当人は「手術を受けてよかった」と話しており、不安の軽減につながっていると思います。この患者さんは「ほかの患者さんのためにお役にたちたい」という思いが強い方で、この手術を受けることを考えている患者さんと電話で話しをするという交流の場も提供してくれました。

 我々は決してこの手術を強制することはありません。客観的にデータを示して、その後の対応については患者さんが主体となって決定します。

―この治療は、がん研有明病院では臨床試験と位置付けていますね。

新井 慶応義塾大学病院では当院に先駆けてこの手術を行っています。当院では、院内にワーキンググループを設置して、院内倫理審査委員会などの委員会で約1年半をかけて慎重に議論してきました。