遺伝性乳がん原因遺伝子のBRCA1/2に変異がある乳がん患者では、卵巣がんに罹患する確率が高くなる。海外ではこのような患者に対するリスク低減両側卵巣卵管切除を行うことがあるが日本ではまだ一般的ではない。がん研有明病院が臨床試験の一環として、リスク低減切除の導入に踏み切った。予防的切除に踏み切った理由、今後日本でも普及する可能性があるのかどうかを、導入を進めた新井氏に聞いた。 (聞き手:小崎丈太郎=本誌編集長)


新井 正美(あらい・まさみ)氏
がん研有明病院遺伝子診療センター部長、消化器外科医。専門はがんの遺伝カウンセリングと遺伝子診断。1986年鹿児島大学医学部を卒業、96年に東京大学大学院医学研究科修了。東京大学医学部第3外科、癌研究会附属病院消化器外科を経て、2000年から同病院家族性腫瘍センターに所属、11年8月より現職。

―がん研有明病院では、がん抑制遺伝子BRCA1/2(「keyword」参照)の変異陽性が明らかになった乳がん患者を対象にした卵巣、卵管の予防的切除を2011年9月から開始していますね。

新井 最近では、この治療は予防的両側卵巣卵管切除術というより、リスク低減(軽減)両側卵巣卵管切除術と呼ばれるようになっています。2011年9月に第1例を実施し、当院のホームページで公表しました。2012年の3月までには数人の患者さんがこの手術を受ける予定です。

―リスク低減両側卵巣卵管切除術を導入されるに至った理由は何ですか。

新井 乳がん、卵巣がんの一部には、がんに罹患しやすい体質に基づいて発症するタイプがあり、現在では、これを遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)と呼んでいます。海外のデータでは家族性の乳がん、卵巣がん症例の50%はBRCA1に、30%はBRCA2に、残りの20%は別の遺伝子変異が関与しているといわれています。BRCA1/2遺伝子変異のある乳がん患者では、卵巣がんの罹患リスクが高くなりますので、医療として何らかの対策が必要となります(70歳までに罹患するリスクはBRCA1で約40%、BRCA2で約10%とされています)。

keyword BRCA1/2遺伝子

本来は相同組み換え修復機能によってゲノムの安定維持に関わるがん抑制遺伝子であるが、変異が生じて機能不全に陥った場合に乳がんや卵巣がんが発生する。BRCA1遺伝子は第17染色体長腕に位置しており、1994年に米国ユタ大学の三木義男氏(現東京医科歯科大学教授)が同定した。95年に別のグループが、BRCA1変異陰性の乳がん患者群からBRCA2を同定している。BRCA1またはBRCA2遺伝子に生殖細胞レベルの変異(生殖細胞系列変異)を持つ人は乳がんおよび卵巣がんを発症する生涯リスクが高く、BRCA1/2いずれかに変異を持つ人の65〜74%は70歳までに乳がんを発症し、BRCA1遺伝子変異保有者の39〜46%と、BRCA2遺伝子変異保有者の12〜20%が70歳までに卵巣がんを発症する。

 現在、対策は3つあります。1つ目はこれまでも実施してきましたが、定期的ながん検診(サーベイランス)です。乳がんでは、MRIによるサーベイランスが有用であるとする報告があり、当院では乳腺科は半年に一回、婦人科は3か月に一回の頻度でがん検診を行い、乳がんや卵巣がんの早期発見に取り組んできました。

 2つ目は化学予防です。エストロゲン受容体拮抗薬であるタモキシフェンは、HBOCの対側乳がんのリスクを50%下げるとされています。ただこの場合も予防効果は50%程度ですし、予防的内服では保険の適用にはなりません。

 3つ目の対策が、当院で導入したリスク低減両側卵巣卵管切除術です。海外では、この手術で、卵巣がんで80%、乳がんで発症リスクを50%低下させると報告されています。また乳がんを発症していればその再発リスクも減少します。

卵巣がんの早期発見は難しい
―がん研有明病院ではサーベイランスを細かく行ってきたわけですが、それでは十分でなかったということですか。