筆者は“イレッサ”による損害賠償請求訴訟に国側の証人として関わった。国は“イレッサ”の承認審査過程で不適切な医療行政は存在しないという立場である。2002年11月25日、2004年7月15日(大阪)、2004年11月25日(東京)の第1次訴訟の提起以来、5年9カ月にわたる審理を経て、2011年2月25日大阪地方裁判所、同年3月23日東京地方裁判所で判決が言い渡された。いずれの判決においても承認当時、及び現在を問わず“イレッサ”が非小細胞肺がんに対する治療薬として有効・有用であることが認められている。 

 また、薬剤による間質性肺炎の評価についても、多くの部分で国及びアストラゼネカ社側の主張が認められた判決と思われた。他方、いずれの判決でも発売から緊急安全性情報の出された2002年10月までの2カ月の間については間質性肺炎にかかる注意喚起が不十分として原告らの請求が一部認められた。大阪地裁はアストラゼネカ社に、東京地裁はアストラゼネカ社及び国に責任があるとしている。原告、被告ともこの判決を不服として控訴した。

 この判決の出される前に奇妙なやりとりがあった。2011年1月7日に東京地方裁判所は大阪地方裁判所と協議の上で“イレッサに係る損害賠償請求訴訟”に対する和解勧告を出した。筆者が極めて不思議に感じたのは、その内容は原告らが2010年11月26日に提出した和解勧告を求める上申書の内容と近似したものであった点である。

 メディアは原告側寄りの記事を書き世論を誘導する役割を果たすが、そのような構図で話が進むことが常識とすれば、我々のような事実に基づき判断する自然科学者とは住む世界が随分異なり、駆け引きだけが通用すると思われた。この和解勧告を受け入れれば判決はなしということになる。

 受け入れるか受け入れないかについて、1月28日がこの和解勧告の原告・被告側の返事の期限であった。原告は自分達が提出した上申書の内容を反映した和解勧告であったため当然受け入れると思われた。一方、国及びアストラゼネカ社がどのような対応をとるかは興味深かった。時間切れかと思われた1月24日、日本医学会、日本肺癌学会、日本臨床腫瘍学会から科学的、医学的見地からの「和解勧告に対する見解」が出された。見解内容は“イレッサ”の効果が期待できる遺伝子異常や重篤な肺障害発生の可能性は薬の承認後多数の患者に使用された結果明らかとなったもので、それを承認前や承認直後に予見することは極めて困難であり、これに対する責任を問うには慎重であるべきとなっている。すなわち“じゃんけんの後出しは卑怯である”と言うわけだ。

 その後、大阪地裁、東京地裁で出された判決と和解勧告のニュアンスは素人目にもかなり異なっており、大阪地裁の判決では先にも述べた如く、国の責任は問わなかった。我々素人には、同じ裁判所が出した和解勧告と判決の内容が異なることについては“驚き”以外の何物でもない。「恐らく裁判所は原告に有利な判決を出すことが不可能に近い予測をしたがために和解勧告を出した」と考えるのは邪推であろうか?

添付文書の記載順は本質的問題か
 判決の最大のポイントは承認前に得られたデータに基づき、添付文書の「重大な副作用」欄の4番目に間質性肺炎に関わる記載がなされたことについて責任を問うている点である。このような重箱の隅をつつくような判決には正直驚いた。

 筆者は法廷で「間質性肺炎が4番目に記載されたのはこの毒性を軽く見ているのではないか」と質問された。「それは言いがかりにすぎない」と返答したらしい(記憶は確かではない)。承認前のデータから致死的肺線維症が多発(絶対数として)するとは予測できなかった。

 一方、添付文書改訂や緊急安全性情報の発進はかなり早期に行われたと実感している。日本人は他の抗悪性腫瘍薬についても間質性肺炎の頻度が高い。医療従事者側からすれば、何でも警告さえすれば責任は問われないのではなく、得られたデータに基づきどれだけ適切な判断が可能か否かが重要な課題である。ドラッグラグを構成する因子はこの連載の第1回でも述べたように、(1)治験開始の遅れ(製薬メーカーの決断の問題)、(2)治験期間の延長(研究者の症例登録が遅い、インフラ整備の遅延)、(3)長い審査期間(規制当局の体制)である。最近では(2)、(3)の因子はかなり改善され(1)が主たる因子となっている。

 “イレッサ”は海外と同時開発がなされ、わが国のルールに基づき世界に先駆けて承認された。このような例は他にはない。従って少ない症例数で判断をする必要がある。しかも“イレッサ”による間質性肺炎の頻度には人種間差が存在し、何故か(科学的には今もその理由はわからない)日本人のみに頻度が高い。米国での“イレッサ”の添付文書(2008年5月)には日本での経験が反映され、間質性肺炎の経験に基づきそれをwarningとして記載されているが、逆に米国で先に承認されていたら欧米人での間質性肺炎の頻度は低いために日本の添付文書への記載は全くなかったかもしれない。