ハザード比の小さいことがエルロチニブによる治療効果のmagnitudeの高さを意味するのかは不明であり、head to headの比較試験によりその疑問に対する解答が得られるものと思われる。2011年のASCOではヨーロッパで行われたEGFR変異(+)例に対するエルロチニブ対殺細胞性抗がん剤の比較試験EURTARCの結果が報告されたが、基本的にはOptimal試験と同様の結果であった。

“イレッサ”を用いた肺がん根治の可能性は?
 EGFR変異を有する進行がんに対する“イレッサ”の目覚ましい効果から、局所進行がん、あるいは手術可能な比較的早期がんに対し“イレッサ”を併用することによる根治率の向上が期待される。現在までに行われた患者選択を行わない早期肺がんに対する臨床試験成績は残念ながらnegative resultであり、EGFR変異(+)例に限定しての臨床試験はない。 

 手術症例の場合、I期例を除きプラチナダブレットを用いた補助化学療法が標準的治療と考えられているが、EGFR変異(+)例に対してもこの考え方が適用できるか否かは意見が分かれると思われる。EGFR変異陽性(+)肺がんであっても均一ながん細胞で構成されているわけでなく、多くの場合“イレッサ”が仮に良く効いてもがんが全て消失する(完全寛解:Complete Response, CR)わけではない。

 また、CRとなった患者でもほぼ確実に再発してくる。手術例の場合はがんを全部取ってしまうため(完全切除)、残存したとしても進行がんと比べあまり多彩な細胞は存在しないと思えるが、残存する細胞全てに“イレッサ”が効くとも思えない。臨床腫瘍医がやるべき最も重要な仕事は、EGFR変異(+)例に対するEGFR-TKI(チロシンキナーゼ阻害剤)を含む根治可能な強力な併用療法を確立することである。

 EGFR変異(+)例における“イレッサ”に対する耐性機構は、(1)EGFR変異のない細胞集団の混在、(2)EGFR変異は存在するがMet遺伝子増幅や肝細胞増殖因子(HGF)によるシグナル伝達のバイパス、(3)EGFR変異(+)細胞におけるT790Mなどの2次変異の存在が推定される。(2)と(3)の場合、これらの新しい分子標的に対する創薬が開始され臨床試験も行われている。しかし実用化までにはまだかなりの時間が必要である。

 (1)については、どの程度EGFR変異(+)型細胞がEGFR変異がんの中に含まれているのか全く分からない。EGFR野生型がんでは治療標的となる分子の同定が手探りで進められている。EML4-ALK融合遺伝子はその1つで、既に選択的に作用する薬剤も導入されている。これらの“イレッサ”耐性細胞に対する殺細胞抗悪性腫瘍薬の効果は未知数である。“イレッサ”の臨床導入の初期に患者選択をしない対象でのINTACT1、2試験(プラチナダブレットと同時“イレッサ”併用試験)は完全なnegative dataであった。薬剤相互作用による治療効果の打ち消し(不適切な細胞周期のブロック作用)がその原因と説明されているが、本当か否かは不明である。しかし筆者はEGFR変異(+)例に対するプラチナダブレットと“イレッサ”の同時併用に強い期待を抱いている。いずれにせよ“イレッサ”だけで根治率を向上させようと思っても困難と思われる。

 第2世代のEGFR-TKI、MET阻害剤、HGF阻害剤なども興味があるが、がん全体に対する抗腫瘍活性のマグニチュードという観点からは殺細胞性抗悪性腫瘍薬のパワーを利用しない手はない。EGFR変異(+)で根治可能な完全切除例や放射線治療の対象となる局所進行がんに対し、現時点で“イレッサ”と殺細胞性抗悪性腫瘍薬の同時併用臨床試験を行うか否かは意見が分れるところである。早急に進行がんを対象とした成績を出すことが最重要課題と言える。

“イレッサ”に係る損害賠償請求訴訟について
〜イレッサによる間質性肺炎は薬害か?〜
 Wikipediaによると、薬害とは『医薬品の使用による医学的に有害な事象のうち社会問題となるまでに規模が拡大したもの、中でも特に不適切な医療行政の関与が疑われるものを指す。臨床医学より医療訴訟や報道等により行政の対応の遅れを非難する際に多く用いられる。』と説明されている。医薬品使用による医学的に有害な事象は薬物有害反応、あるいは副作用という。また日本大百科全書(小学館)によると薬害とは『薬の投与又は摂取によって起こった障害をいい、その要因には医薬品そのものも薬理作用(副作用)や催奇形性などの有害作用によるものと病原微生物や化学物質の混入(汚染)によるものがあり、前者には医薬品の併用投与による薬物相互作用の結果としての薬理作用の増強によるものもある』と説明している。