他のレフェリーの意見は基本的に同じで、特に(1)は共通したコメントであった。コメントはあまり難しくなさそうなものばかりだったので恐らく改訂すれば掲載されると感じた。この頃初めてWJTOGの論文がLancet Oncology誌のFast trackで掲載されそうな状況であることを知った。もし掲載されてしまったらNEJ002試験は日の目を見ないのではないかと他人事ではないように感じた。

 New Engl J Med誌のセカンドラウンドのレビュー意見を見て驚いた。1回目にはなかった数多くのリクエストが統計担当のレフェリーより出されていた。特にASCOでは200例(実際は194例)についてのPFSの比較がなされていたが、登録全症例の合計230例についての解析データを出すようにとのリクエストであった。このコメントを見て、「これはかなり時間のかかることになった」と思った(しかもその頃Corresponding Authorの井上彰先生は数カ月の外遊中であったことを後日知った)。しかし、最終的には粘り勝ちとも感じたが前門戸博士をFirst Authorとし、この論文はめでたく2010年6月24日New Engl J Med誌に掲載された。この成果は同日の朝日新聞に生存曲線入りで掲載された。

 日本のメディアは米国のニューヨークタイムズ紙などと異なり、臨床試験、ことにランダム化比較試験の成果を報道することは皆無に等しかったことを考えると重要な一里塚を築いたと言える。日本発イノベーションの観点からIPASS試験で香港のTony Mok博士にさらわれた油揚げを完全に取り戻したとも思われる。

 NEJ002試験、WJTOG試験のいずれにおいても全生存期間(OS)は化学療法群と有意差を認めていない。これは化学療法が無効な場合、あるいは治療抵抗性となった場合“イレッサ”が殆ど全例に投与され、しかもそれが奏効するためと考えられる。すなわち治療薬のパワーの差というよりはstudy designの差であり、治療のクロスオーバーを認めないプロトコル(倫理的に実現は困難)であれば“イレッサ群”のOSは抗がん剤群より長い可能性は十分あり得る。実際メラノーマに対するベムラフェニブ対ダカルバジンの比較試験はクロスオーバーを禁止して行われたため、OSもベムラフェニブ群が圧勝している。

 コンセンサスとしてはEGFR変異(+)の肺がん患者に“イレッサ”投与は必須であるが、治療のどの時期に入れても良いと考えられている。これら2つの重要な研究成果をベースとした日本肺癌学会の肺癌診療ガイドライン(2010年10月に改訂された)によると、EGFR遺伝子変異(+)進行肺がん例に対し、“イレッサ”を1st lineで使用することを推奨している。つまり治療選択のアルゴリズムの最も重要な因子としてEGFR遺伝子変異の有無が取り上げられている。また、NCCNのガイドラインでもEGFR変異(+)例に対する 1st lineでの使用が推奨されている。

(5) Optimal試験
 “イレッサ”と比べエルロチニブは初期に行われたBR-21 試験結果がpositiveであったため、患者選択をしなくとも2nd line 以降では効くと考えられ、たて続けに臨床試験は行われなかった。特に“イレッサ”の臨床試験と対比できる研究はほとんどない。

 SATURN試験、ATRAS試験は同じ戦略を評価したにも拘わらず矛盾する結果となったが、本稿では言及しない(矛盾しないと考える研究者もいるがその答え方は正しくない)。Optimal試験はエルロチニブを用いたEGFR変異例に対する殺細胞性抗がん剤との比較試験で、中国で行われその結果が2010年ESMOで上海のCaicun Zhou博士によって報告された。この研究は165例の前治療のないEGFR(+)変異の進行肺がんを対象としたエルロチニブ対ゲムシタビン+カルボプラチンの比較試験で、PFSを主要評価項目とした。

 興味があるのは83例がエルロチニブに、82例が化学療法に割りつけられたが、化学療法群では9例がインフォームドコンセントを撤回している点である。結局154例が比較対象となった。PFSは各々13.1及び4.6カ月でハザード比は0.16(p <0.0001)と大きな差を認めた。奏効率も83%対36%(p<0.0001)で“イレッサ”のみならずエルロチニブも殺細胞性抗がん剤に比較しEGFR変異(+)の初回治療例に対する治療効果の優位性が証明された(図10)。