一方、殺細胞性抗がん剤の場合、EGFR変異の有無でのPFSの差は僅かであった。他のバイオマーカーではEGFR変異の有無と比べると臨床効果との相関性は低かった。この研究はEGFR変異の有無が治療効果を決定的に変えたということでQualitative baseline covariate interactionの典型的な例と言える(図7)。

 IPASS試験の影響は大きく、(1)FISH派の研究者の態度が“君子豹変”した。また(2)BR-21の結果を信じきっていた欧米の研究者達も1st lineでエルロチニブを使用する場合は変異例に限定すべきと考えるようになった。

 世界肺がん研究会(International Association for the Study for Lung Cancer;IASLC)が主催する第13回World Conference on Lung Cancer(サンフランシスコ2009)で、EGFR変異と“イレッサ”の奏効が関係することを世界で初めて報告したThomas Lunch博士とBruce Jonson博士がScientific Awardに輝いたが、EGFR変異発見後6年も経っていた。この間バルセロナ、ソウルの会議の際は受賞対象とならなかったことを振り返ると、欧米では如何にFISH派が幅をきかせていたか推定される。IPASS試験には日本からの症例が19%含まれているが、アジアの臨床試験の質の高さが認識された点でも重要な一里塚になった。

(3) First SIGNAL試験
 韓国はIPASS共同研究に入らず独自の比較試験であるFirst SIGNAL試験を展開した。何故か?は裏話になるが、製薬会社や若い先生方のために簡単に解説する。

 日本の研究者と韓国の研究者は仲が良い。韓国のソウルには巨大な病院が5〜6カ所あり、各々の病院が“がんセンター”を作り、マーケットシェアの拡大競争をしている。言い換えれば患者の奪い合いである。韓国と共同研究をすると両国の総症例数は、ほぼ同数になるが1施設当たりの症例数は圧倒的に韓国の方が多いため、学会や論文発表のpriorityは韓国にいくことになる。進行胃がんのAVAGAST試験(カペシタビン+シスプラチン+ベバシズマブ vs. カペシタビン+シスプラチン)やToGA試験(フッ化ピリミジン+シスプラチン+トラスツズマブ vs. フッ化ピリミジン+シスプラチン)はそれを代表する臨床試験ともいえる。日本の研究者は「仕方ない」と思いあきらめてしまう。もちろん日本からの全登録症例数が圧倒的に多ければ施設毎の症例数がトップでなくてもpriorityは取れると思われるが、そのような状況ではない。

 一方、国際共同試験では広告塔も重要視される。ベルギーのVan Cutsem博士(大腸がん)や香港の Tony Mok博士(肺がん)はその典型である。IPASS試験は、中国、日本、タイ、台湾、インドネシア、マレーシア、フィリピン、香港、シンガポールの9カ国の協同研究であるが、香港は僅か5%の症例を登録しているに過ぎない。中国は30%の症例を登録している。中国のYi Long Wu博士は人柄もよく外科医でありながら分子生物学も理解するため筆者はWu博士をMolecular Surgeon と呼び尊敬している。Wu博士は中国国内で行われているCTONG試験の大半の PI(研究責任者)となっている。

 IPASS試験のPIは福岡正博博士とMok博士である。福岡博士は十分な実績もあり、IPASS試験に対する日本からの症例登録も全体の第2位であったため誰もが納得する。一方、何故Mok博士がPIかという点については“広告塔の話”を持ち出さざるを得ない。韓国の先生方はあくまでも実績主義であるため、Mok博士がPIを務める試験にはまず入らない。日本の研究者は今のところ『従来の日本の実績の上にあぐらをかいている』ことと、『お人好し』のためone of themで満足しているが、この状況に対し歯ぎしりをしているのは筆者だけであろうか?