メディアは“イレッサ”の承認とドラッグラグの問題に関してはマッチポンプ的な立場をとっている。しかし、他の薬によるいわゆる“薬害”と“イレッサ”による間質性肺炎に関するメディアの論調は異なる。良かれと思ってやったことが裏目に出ることも当然ある。

 原発問題について原子力委員会の委員長の発言が話題になった。「何でもかんでも、これも可能性がちょっとある、これはちょっと可能性がある。そういうものを全部組み合せていったらものなんて絶対造れません」。随分乱暴な話である。無機物の「もの」を造る時は完璧性が要求されるのは常識ではないのか?

 しかし、医学はヒトを対象とするが由にもっと不確実性の要因が多い。考え得る可能性を念頭に置き、科学的・倫理的に計画され行われた臨床試験結果を十分な経験に基づき科学的に解析し、GO/NO GO decisionを下す。全ての薬剤はこの過程を経て誕生してきた。今回の訴訟はこの過程の妥当性を争点としている。

 国側証人として全くのボランティアで参加したにも拘わらず、法廷では被告人扱いされプライバシーを白日の下に晒されて、人間として原告側弁護士になんとか一矢報いてやろうとも思った。訴訟とはそのようなものかもしれないが、お亡くなりになった患者も彼方であまりいい思いをしていないのではなかろうか……。

“イレッサ”開発の教訓
 がん医療はまさに「個別化治療」の時代を迎えている。個別化は従来も臨床病期、組織型、患者の年齢などを指標になされてきたが、薬理遺伝学(Pharmacogenomics: PGX)的手法により治療の個別化が、しかも肺がんという最も死亡率の高い疾患を対象に行われるようになったことは画期的な進歩と言える。“イレッサ”の分子標的は、開発当初はEGFR(恐らく野生型)と思われていた。2004年に変異EGFR(遺伝子変異が陽性のEGFR)が真の標的と同定されたが、この時点でわが国での承認後2年が経過していた。

 殺細胞性抗悪性腫瘍薬の標的は未だに不明確なものも少なくないが、分子標的治療薬も必ずしも「まず標的ありき」ではない。スクリーニングは標的とおぼしきものに対し行われるが、真の標的か否かはその時点では不明である。ALK阻害剤のクリゾチニブも最初はMET阻害剤として開発されたが、途中からEML-4/ALK融合遺伝子を真の標的として臨床試験が進められている。分子標的治療薬は無数に創られているが、“イレッサ”やクリゾチニブのように、がん細胞増殖のドライビングフォースとなっている遺伝子を選択的に修飾する薬剤は少ない(表)。

 この系統の分子標的治療薬が最も頼りになると思われる一方、最近の傾向はとにかくシグナル伝達機構を叩けばよいと考え、いわゆるdirty drug(多標的分子標的治療薬)が無数に創られ、しかもrationaleの不可解な併用療法の試みもなされていることが気がかりである。“イレッサ”は確かに承認前の第1相〜第2相試験で20〜25%の患者に劇的な効果を示した。しかし逆に考えると、残りの75〜80%の患者には試験の基準では効果を示さなかったという言い方もできる。効果のない患者は副作用だけを経験する場合もあり得る。これも薬害と言えないこともない。すなわちIPASS試験でも見られるように野生型EGFR型を持つ患者にはまず効かない。

 学問の進歩と薬の開発がうまくカップリングしていない状況下で臨床の場に登場してくるわけである。間質性肺炎は“イレッサ”やエルロチニブ投与患者の4〜5%に見られ、そのうち約半数は肺線維症で死亡する。その頻度は2002年の頃と比べて大差はなく、なぜ間質性肺炎が起こるのか、さらに何故日本人でのみ頻度が高いのか、その原因は未だ不明である。また、間質性肺炎を起こしやすい患者を同定するバイオマーカーも確立されていない。

 添付文書に「致死的間質性肺炎の起こる可能性」を書いただけで解決するという単純なことではない。“イレッサ”による間質性肺炎を契機に、一時期呼吸器病専門医の間で間質性肺炎に関する関心が高まったが、熱しやすく冷めやすい日本人の性格を反映するかの如く、間質性肺炎の発生機序と病態解明に関する研究はなかなか進展していない。トランスレーショナル研究の重要性は言い尽くせないが、常にトランスレーショナル研究と逆に臨床から基礎へのリバーストランスレーショナル研究を重ねることによって優れた薬剤が開発されるとともに至適投与方法が確立されると信じたい。