有効性を左右するバイオマーカーの上皮成長因子受容体(EGFR)遺伝子変異が見出され、“イレッサ”を取り巻く状況は一変した。治療効果を検証する臨床試験の成績が相次いでトップジャーナルに発表された。まさに、“イレッサ”の逆襲の感があった。しかし、そこで満足することはできない。がんの根治薬という究極の化学療法までの道のりはなお険しいものがある。最終回となった今回は、華々しい逆襲劇と“イレッサ”が残した課題について考える。


前号までのあらすじ
“イレッサ”は2002年7月に手術不能、または再発非小細胞肺がんを適応に承認された。しかし、その後急性肺障害や間質性肺炎の報告が相次ぎ、同年10月15日には緊急安全情報が出される事態となった。しかし、関係者らの尽力によって間質性肺炎症例の集積が積極的に行われ、それら解析が行われた危険因子の探索が続けられた。一方、“イレッサ”が奏効するためのバイオマーカー探索も続けられたが、2004年になって米国から上皮成長因子受容体(EGFR)遺伝子変異を持つ症例で効果が高いという報告が出された。EGFR変異(+)が“イレッサ”の奏効と相関するのかどうか、国内外で検証する臨床試験が開始された。EGFR遺伝子変異が“イレッサ”の奏効を左右する。この事実は、症例選択を経ずに行われてきた過去の臨床試験について反省を促すものであった。

(イラスト◎なかがわ みさこ)

EGFR変異の意義が相次ぎ確認
 上皮成長因子受容体(EGFR)遺伝子変異がゲフィチニブ(“イレッサ”)の真の分子標的であることが証明されて以後、日本及び韓国などアジアを中心に研究は大きく様変わりした。東アジアではEGFR変異(+)例が肺がん全体の35〜40%の症例に見られることから、治療対象となる患者の絶対数も十分であり、数多くの臨床試験が展開された。

 前回の連載第3回でも述べたように、EGFR変異(+)例患者を対象とした“イレッサ”の第2相試験が7グループで行われた。この中で先手を切っての発表は、東北大学の井上彰先生であった(Inoue A et al. J. Clin Oncol.24:3340-3346, 2006)。井上先生は“イレッサ”による間質性肺炎についてもLancetに報告し、その結果は多くの研究者に引用されている(Inoue A et al, Lancet 361:137-139,2003)。また井上先生は、後で述べるNEJ trialのロコモーターでもある。

 井上先生が国立がんセンター中央病院(現国立がん研究センター中央病院)のレジデントとして研修を開始した頃、筆者は「東北地方には肺がんをまともに診る医者はおれへんのと違うか」などと大阪弁でからかっていた。彼は講演の時にいつもその思い出話をするので、その度に聴衆となっている筆者は苦笑いせざるをえないのである。このような優れた若い研究者が大勢育っていくのであれば、わが国の臨床腫瘍学の将来は約束されたものということができよう。

(1) ICAMT統合解析
 本題に戻ろう。7グループの第2相試験の結果を統合解析したのがICAMT試験である。7つの第2相試験に登録された148例のEGFR-mt(+)の非小細胞がんに対する“イレッサ”の奏効率は76.4%で、無増悪生存期間(PFS)、全生存期間(OS)は9.7カ月及び24.3カ月であった(Morita S et al, Clin Cancer Res,15,13,4493-4498,2009)。

 この統合解析には87例の患者で“イレッサ”が1st line治療として投与されていた。一方、61例は“イレッサ”投与前に抗がん剤が投与されていた。この2群の患者のPFSはそれぞれ10.7及び6.0カ月(p< 0.001)で、“イレッサ”を最初に投与した群の方が良好であった。一方、OSは27.7カ月対25.7カ月、p=0.782と両群間に差を認めていない。この成績はEGFR変異(+)の患者にはEGFR-TKI(チロシンキナーゼ阻害薬)による治療が必須と示しているが、タイミングとしては化学療法の前後いずれでもよいことを示唆している。 

 ICAMT統合解析の結果は、研究者の誰もが推定していた通り“イレッサ”が肺がんに対し有効であることを強く示唆はしたが、比較試験ではないため結論づけるものではなかった。