多発骨髄腫の治療に大きな動きがあった。ボルテゾミブ(商品名;ベルケイド)に「未治療の多発性骨髄腫」に対する効能・効果、用法・用量が追加され、効能・効果を従来の「再発又は難治性の多発性骨髄腫」から「多発性骨髄腫」へと変更されたのだ。これは1つの薬が適応を拡大したという話にとどまらない。“新規薬剤を早期に使っていち早く完全奏効(CR)に持ち込もう”というこの分野の気運が反映された結果ともいえるのだ。


国立病院機構岡山医療センターの角南一貴氏。

 多発性骨髄腫は形質細胞が腫瘍化した悪性腫瘍だ。形質細胞は抗体(免疫グロブリン)を産生する細胞で白血球の1つ。同じように白血球に由来する白血病の治療がtotal cell killを旗印に強力な薬剤の投与で治癒を目指してきたのとは対照的に多発性骨髄腫の治療はどちらかといえば、病勢のコントロールに主眼が置かれてきた。白血病と多発性骨髄腫の双方の治療経験を持つ国立病院機構岡山医療センター血液内科医長の角南一貴氏は、「多発性骨髄腫の治療は、白血病を専門とする治療医から見ればがまんできない遅々とした治療に見えるはず」と言う。

 急性白血病などのほかの血液疾患に比べると、現在の治療では多発性骨髄腫の治癒を目指すことは難しい。治療の第1の目的は骨髄腫細胞をできる限り減らすこと、第2の目標がその状態をできる限り長期にわたって維持することだ。愛知学院大学歯学部附属病院多発性骨髄腫集学治療講座教授の清水一之氏は、治癒が困難な理由を「強力な化学療法や造血幹細胞移植を行っても骨髄腫細胞を撲滅できないという病気自体が持つ特性と高齢患者が多く強力な治療に耐えられないという側面がある」と説明する。

愛知学院大学歯学部附属病院の清水一之氏。

 延命を目指すという謙虚な目標を選択してきたにもかかわらず、多発性骨髄腫の治療は長い足踏みの時代を余儀なくされてきた。本格的な治療は1962年のMP療法(メルファラン+プレドニゾン)の登場を端緒とする。それから約30年間、生存期間でMP療法を打ち負かす治療法が登場することはなかった。1996年に大量メルファラン(化学療法)+自家造血幹細胞移植が登場して、ようやくMP療法とは別の選択肢ができたものの、「この治療法が受けられる患者は臓器障害のない比較的若い患者に限られていたことから、多数を占める高齢患者の標準治療はMP療法だった」(清水氏)。

 潮目が変わるのは、サリドマイドが多発性骨髄腫に有効との論文がNew England Journal of Medicine誌に登場した1999年からだ(図1)。その後、プロテアソーム阻害剤のボルテゾミブ、サリドマイドの誘導体であるレナリドミドが登場する。これら3剤について、日本国内では2010年までに導入され、臨床現場で使えるようになった。しかし、適応はいずれも「再発又は難治性」の多発性骨髄腫に限られていた。それがついに、初回治療で使うことができるようになった。欧米に遅れること3年だ(表1)。