EGFR変異は定性的バイオマーカーのため、比較的信頼性が高いと思われる。しかしBR-21臨床試験で行われたバイオマーカーの分析結果のように明らかに他の研究結果と異なる場合もある。当初DFCIとオランダのFree Universityで行われたCross Validation Studyの結果は注目を集めるものであった。

 これは各々の研究所で得た検体を交換し合い検査結果の信頼性を検討したものである。DFCIで得た9サンプルのうちDFCIでは検体に変異(エクソン19の欠失)を認めたが、Free Universityでは2検体にのみ変異を検出し得た。一方Free Universityで得た13検体中8検体に変異(エクソン19の欠失)を認めたが、DFCIではわずか3検体でのみ変異を検出できた。エクソン21変異はFree Universityでは全例野生型であったが、DFCIでは5例のみ充分な検索が可能であった。この成績から考えるとFree Universityの検体は検体自身が不十分なものであったと推察される。両施設が用いた手技の詳細についての情報は得られていない。

 EGFR変異を検出する手技には様々な方法があり研究者が使用する手技も多岐に渡っている(表4、表5)。多くの研究室ではDirect sequence法を用いているが、他の方法と比べ検出感度の低いことが示唆されていた。国立がんセンター(現国立がん研究センター)東病院ではDirect sequence法とPCR-invader法の直接比較を124検体について行った(図6)。エクソン19の欠失は18例対22例(Direct sequence法で4例見落とし)で、エクソン21の突然変異も30例対33例でDirect sequence法では3例見落とした。即ちDirect sequence法では変異の13%を検出できなかった。国立がん研究センター東病院、兵庫県がんセンターはアストラゼネカ社との共同研究で、Scorpion ARMS法、PCR-invader法、PNA-LNA PCR-Clamp法、Cycleave-PCR法の感度は高く1%の変異DNAを検出可能であること、PCR- Direct sequence法では5-50%の変異DNAは100%検出できるが2%の場合は検出不可能なものもあり、1%の変異DNAの場合は全く検出できないことを報告している(表6)。

 従ってEGFRの変異率を論じる場合、どのような手技でそれを検出したかが重要と思われる。定性的なバイオマーカーにおいてすら手技は結果を大きく左右する。定量的バイオマーカーはそれに加え、判定基準によって結果が大きく左右される。EGFR-TKIの場合、免疫組織学的染色による発現の程度は予測因子として全く役に立たず用いられなくなっているが、他の多くの場合、これを頼りとしている。結果の解釈には十分な注意が必要と思われる。次号では“イレッサ”のリベンジについて述べる。

[参考文献]
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2)加藤治文、西條長宏、福岡正博、小林紘一、海老原春郎、井内康輝、早川和重 編集・監修、「肺癌の臨床」、M00K2008-2009,篠原出版新社、2008年3月
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8)西條長宏 監修、「がんの分子標的治療2009-2010」、ディープインパクト社、2009年9月
9)日本臨床腫瘍学会 編集、「入門腫瘍内科学」、篠原出版新社、2009年10月
10)日本臨床腫瘍学会 編集、「新臨床腫瘍学 改訂第2版」、南江堂、2009年11月
11)西條長宏、西尾和人 編集、「がん化学療法・分子標的医療update」、中外医学社、2009年10月
12)西條長宏 編集、「抗悪性腫瘍薬―分子標的治療薬」、医薬ジャーナル社、2010年7月
13)西尾和人、西條長宏 編、「がんの分子標的と治療薬事典」、羊土社、2010年10月
14)西條長宏 監修、「EBMがん化学療法・分子標的治療法」、中外医学社、2010年11月 
15)西條長宏、「がん免疫療法の進歩と問題点」、Mebio,メディカルレビュー社、2010年12月
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17)西條長宏、「迷走する“イレッサ”―EGFR変異発見前夜の臨床試験」、日経メディカルCancer Review、33〜42、2011年6月