“イレッサ”のバイオマーカーに話を戻そう。F. Hirsch博士は全面的にFISHの方が優れたマーカーと考えていて、FISHにとって都合の悪いデータは存在しても出さない(自分でも“I am a FISH person.”と言っている)。F. Hirsch博士のボスのP. A. Bunn博士も米国の空港でFISH、FISHと騒ぎたてていた。セカンド、或いはサードラインの進行肺がん患者に対する“イレッサ”対プラセボの比較試験(ISEL試験)でのバイオマーカーの解析はF. Hirsch博士が中心になって行われた(Hirsch FR et al, J. Clin Oncol. l24:5034-5042,2006)。1,692例の登録症例中FISH、IHC(EGFR)、 EGFR変異を解析できたのは370例(21.9%)、379例(22.4%)、及び215例(12.7%)であった。いずれも極めて低率であり、患者選択バイアスの影響は否定できない。この解析ではEGFRのコピー数、即ちFISHの成績が“イレッサ”による生存延長効果と相関の傾向を認める成績であった(P=0.067)。EGFR変異は、症例が少なすぎて解析不可能であり、いずれにしても不完全なバイオマーカー解析に終わっている。

 ドセタキセルと“イレッサ”を比較したINTEREST試験のバイオマーカーの成績はJean-Yves Douillard博士が報告している。1,466例が登録されEGFR変異、FISH及びIHCによるEGFR発現は各々297例(20.2%)、374例(25.5%)、及び380例(25.9%)で検討された(Douillard JY et al, J Clin Oncol 28:744-752.2010)。

 この研究においても、これらのバイオマーカーで選別した患者について“イレッサ”群のOSがドセタキセル群より良好とする結果は得られなかった。EGFR変異例では無増悪生存期間(PFS)と奏効率(RR)が“イレッサ”群で優れていた。またFISH陽性例では“イレッサ”群のRRがドセタキセルより優れていた。

初期のバイオマーカー、探索の問題点
 初期の臨床第3相試験に付随して行われた一連のバイオマーカーの研究の結論は、不明確なものとなった。その理由としては、(1)サンプル採取があらかじめ必須となっていなかったため、全検体に占める検査可能検体が数少なかったことによる選択バイアス、更に(2)欧米人を対象とした研究ではEGFR変異+患者の実数が少ないため、統計学的解析が不正確等を挙げることができる。このような状況下において“イレッサ”が効く患者の選別にEGFR変異あるいはFISHのいずれか良い方についての結論は得られなかった。

 EGFR変異派は日本、韓国の研究者、ボストングループ(DFCI、MGH)、ニューヨーク(メモリアルスローンケタリングがんセンター:MSKCC)の研究者であり、FISH派はコロラドがんセンター、カナダのプリンセスマーガレット病院、イタリアの研究者であった。FISH陽性には2種類のカテゴリーが混在することが問題視されている。これは当時イタリアからコロラドがんセンターに留学していたF. Cappuzzo博士がFISH陽性の定義として増幅に加え polysomyを加えたことに起因する。

 先にも述べたように、増幅はEGFR変異とよく相関するが、polysomyは相関しないことが知られている。最近F.Cappuzzo博士はEGFR変異のないNSCLC患者に対するEGFR-TKIの効果に polysomyが関与しているのではないかと推定し、“FISH is floating or still swimming in the lung cancer ocean.”と称する論説を発表している。このようにFISHは以前は大間のマグロ級の意義があると思われ、或いはEGFR変異派にとってはピラニアのように思われていたが、最近ではメダカ程度と見なされるようになっている。

海外より質が高かった 日本の研究
 海外での研究発表に比べ日本での研究は結果が明確で理解しやすいものが多かった。この最大の理由は、日本ではEGFR変異陽性症例の比率と絶対数が多く分析しやすかったことによると思われる。まず愛知県立がんセンター病院胸部外科(現呼吸器外科)部長の光冨徹哉博士は59例の肺がんを対象にEGFR遺伝子のエクソン18-21領域の変異を検索するとともに“イレッサ”の臨床効果との関わりを検討した(Mitsudomi T et al, J. Clin Oncol 23: 2513-2520,2005)。33例に変異が検出されて、効果判定可能例29例中24例に腫瘍縮小を認めた。一方、変異のない21例では2例しか奏効例を認めなかった。また変異陽性例の生存期間は変異陰性例に比べ有意に延長した。

 虎の門病院のTakano博士らは術後再発し“イレッサ”投与を受けた66例の非小細胞肺がん患者のEGFR変異と増幅(コピー数)を分析するとともに治療効果・予後との関係を検討した(Takano T et al, J Clin Oncol 23:6829-6837)。39例(59%)に変異を認め変異陽性例では、奏効率(82% vs. 11%)、TTP(12.6カ月 vs. 1.7カ月)、OS(20.4カ月vs. 6.9カ月)のいずれもが変異陽性例に比べ良好であった。またEGFRコピー数の高い患者も同様の傾向を示した。

 これらの研究結果の分析から非喫煙者、腺がん(BACタイプ)、女性にEGFR変異が高頻度であることが示された。WJTOGでは1,976例の“イレッサ”治療を受けた患者について効果予測因子をretrospectiveに解析し、やはり女性、非喫煙者、腺がん等を同定している(Ando M et al, J Clin Oncol 24: 2549-2556,2006)。また欧米人を対象とした国際的な臨床試験と比較し、日本人では明らかにEGFR変異率の高いことが明確になった。その後、韓国や中国の報告からも東アジア人と欧米人ではEGFR変異率が異なることにつき、コンセンサスが得られた。しかし何故この差がみられるかについての理由は未だに明確ではない。これらの研究は再現性もあり、信頼性の高い結果ではあるが、いずれもEGFR変異有無の症例が混在した状況下での分析であった。