一方、EGFR-TKIの場合日本、韓国、中国などの東アジア人で35〜40%、欧米人で〜10%程度の患者にEGFR変異がみられ、治療効果の期待できる患者選択、即ち個別化治療に最も適した治療標的とも言える。肺がんではEGFR変異以外にEML4/ALK融合遺伝子も増殖のドライビングフォースとなっていることが知られクリゾチニブが開発されているが、頻度は3〜5%と低い(図2、表2)。乳がん、胃がんのHER2発現、増幅、大腸がんのK-RAS変異もそれぞれ20%、または40%の患者にみられるが、これらの遺伝子にがんの増殖が強くaddictしているとは必ずしも言えない。

患者選択が行われなかった、臨床試験でのバイオマーカー
 IDEAL-1、2及び、INTACT1,2試験に登録された症例各々426例、及び2,130例中パラフィン包理サンプルが得られたのは各々155例及び666例、また変異・増幅を検討しえたのは各々119例(28%)、及び524例(24,6%)であった。IDEAL-1,2試験ではEGFR変異が“イレッサ”感受性と相関した(変異例の奏効率46%:6/13、非変異例の奏効率10%:6/61)。また増幅も類似の傾向を認めたが相関の程度は低かった(Bell DW et al, J.Clin Oncol 23: 8081-8092,2005)。一方、INTACT-1,2試験は抗がん剤(パクリタキセル+カルボプラチンまたはゲムシタビン+シスプラチン)との併用療法でもあり、これらの分子マーカーと生存の間に相関を認めていない。

 患者選択をしない症例を対象として殺細胞性抗悪性腫瘍薬との併用療法における分子マーカーと、治療効果の相関を見ようとする試みは、殺細胞性抗悪性腫瘍薬の抗腫瘍効果がはるかに勝ると思われ、無謀としか言いようがない。BR-21臨床試験はセカンド或いはサードライン治療におけるエルロチニブ対placeboの比較試験で“イレッサ”と異なりpositive dataであった。

 BR-21臨床試験のデータはエルロチニブが野生型のEGFRに対しても効くと欧米人研究者が(一部の日本人も)信じる根拠となっている。実際NSCLCに対するセカンド或いはサードライン治療として、最近開発される分子標的治療薬の対照薬、或いは併用療法に用いる薬剤としてエルロチニブが含まれていることが多い。BR-21臨床試験のRR、PFS、OSに関する成績はF. Shepherd博士がNEJM誌に報告している(Shepherd FA et al, NEJM 353: 123-132,2005)。BR-21臨床試験と共に行われたバイオマーカーの研究結果もMS. Tsao博士によってNEJM誌(353:133-44,2005)に報告されている。BR-21 臨床試験データの問題点については先に論じたが、バイオマーカーのデータには更に重大な疑問が存在する。

 BR-21臨床試験には731例の患者が登録されたが、そのうちEGFR変異、FISHによるEGFR増幅及びIHCによるEGFR発現を検索できた症例数は各々197(26.9%)、221(30.1%)、及び325(44.5%)であった。EGFR発現のある患者及びEGFR増幅のある患者でエルロチニブ群の生存期間が優れていた。多変量解析では腺がん非喫煙者、EGFR発現がエルロチニブの高い奏効率と相関していた。即ちこの解析によるとEGFR変異はEGFR-TKIの一種であるエルロチニブの効果と全く関係がない。

 この研究の問題点を以下に列記する。(1)EGFR変異及び増幅を検討出来た患者は僅かであり、患者の選択バイアスを否定できない。(2)増幅をみるFISHの判定はF. Cappuzzo博士の方法を用い、増幅のみならずpolysomyをFISH陽性としている。FISHでコピー数検索可能であった125例中、増幅を認めたのは14例(11%)にすぎず、他は全てpolysomyを陽性と判定している。(3)197例の変異解析対象となった患者のうち、177例がsequencing可能で40例(23%)が変異陽性と判定されている。40例に合計45の変異が検出されているがエクソン19の欠失13例(29%)、エクソン21の点突然変異8例(18%)、全変異中この2種類の変異の占める比率は47%にすぎない。このデータは明らかに他の研究報告と異なる(他の報告ではこの2種類の変異(図3)は全ての変異の約80〜90%)。

 即ちこの研究ではバイオマーカーを検出する手技自身に問題があるためデータ全体が信用できない。従って、BR-21臨床試験 のバイオマーカーのデータに基づき治療効果を論ずることには賛成できない。