“イレッサ”、及び化学療法のいずれも以下の因子がILDの危険因子とされた。喫煙歴、既存の間質性肺炎、診断よりILD発症までの期間が6カ月以内、WHOのPS2以上、正常肺占有率が50%以下、年齢55歳以上、心血管系の合併症を有しているなどであった(表1)。本研究の途中でEGFR変異が“イレッサ”の効果予測因子であることが判明した。一方、ILD発症を規定する遺伝子変異SNP(1塩基置換多型)の同定やプロテオーム解析を行うためのサンプルも集められたものの、残念ながら成果は得られていない。即ちILDを可能な限り減少させるためには臨床的特徴に基づき、患者選択せざるを得ない状況である。

EGFR mutationの発見とバイオマーカーの検索

EGFR mutationの発見
 2004年4月30日〜5月1日、奈良県の新公開堂で第1回WJTOG(West Japan Thoracic Oncology Group)1st International Symposium on Clinical Trialが行われた。その会議の途中、出席者が何となく興奮気味で落ち着かない状態になった。T. Lynch博士と J.Paez 博士が各々New Engl. J. Med及び Scienceに EGFR 変異と EGFR-TKI(チロシンキナーゼ阻害剤)感受性が相関することを発表したニュースが流れた。マサチューセッツ総合病院(MGH)と、ダナハーバーがん研究所(DFCI)が別々に研究を行い、同じ時期に同じ重要なエビデンスを発表した。T. Lynch博士は“イレッサ”が効いた患者、効かなかった患者及び“イレッサ”投与を受けたことのない患者を対象として原発腫瘍におけるEGFR遺伝子変異の有無を検討した。“イレッサ”が効いた9名の患者中7名の患者には変異を認めた。“イレッサ”が無効であった症例には1例もEGFR変異を認めなかった。また“イレッサ”投与を受けたことのない25例中2例に同様の変異を認めた。変異はエクソン19のin-frame欠失とエクソン21の点突然変異であり、これらのEGFR変異は変異例に共通していた。変異を持つ肺がん培養株ではEGFRのリン酸化がリガンドのない状態でも亢進しており、極めて低濃度の“イレッサ”で細胞増殖は抑制された。

 B. Johnson博士、P. A. Janne博士グループのJ.G Paez博士は119例(日本の患者58名、米国の患者61名)の非小細胞がんのEGFR遺伝子を検索し16名(日本人15名、米国人1名)に変異を検出した。この研究はEGFR遺伝子変異率に人種差のあることを示唆した。彼らは“イレッサ”が奏効した患者の検体や“イレッサ”に高感受性の肺がん培養株においてもEGFR変異のあることを証明した。

 これら2つの報告はEGFR変異とEGFR-TKI感受性を直接結びつけた分子標的治療の道標となった研究である。即ち、最初に考えていた治療の分子標的とは全く異なった標的が真の治療標的と同定された(図1)。EGFR-TKIの効果を予測する因子としてEGFR変異以外に、免疫組織染色(IHC)によるEGFR発現、FISHによるEGFR増幅も検討されてきた。EGFR-TKI開発当初はEGFR発現が効果と相関する、即ち野生型EGFRを含めEGFR-TKIの効果予測のためのバイオマーカーと考えられてきた。

 EGFR変異に関するデータの発表以後、“イレッサ”やエルロチニブの比較試験の対象となった患者についてEGFR変異や蛍光in situ ハイブリダイゼーション(FISH)など薬理遺伝子学的手法をも含めた予後や治療効果を予測する詳細な因子分析が開始された。1種類の遺伝子変異が腫瘍増殖のドライビングフォースとなっている、即ち腫瘍増殖が特定の遺伝子にaddictしていることは慢性骨髄性白血病のBCR/ABL置換、消化管間質腫瘍(GIST)のcKIT変異などでみられるものの、これらの疾患では変異はほぼ全例でみられる。従って、これらの変異を選択的に修飾する薬剤の効果は目覚ましいものではあるが、患者選択のためにバイオマーカーは必ずしも必須ではなく、病理学的診断で、充分対象集団を同定可能である。遺伝子変異の検出はむしろ2次変異による耐性誘導の機序解明に役立つと思われる。