ILDの症例データの積極的な収集が始まる
 服薬開始時からILD発症までの期間が短い程、致死率の高いことも分かった。ILD患者の症状、画像診断などの情報も含め、報告書は厚生労働省に提出されるとともに、医師に対する情報提供が行われた。しかしこのような自発報告に基づく調査では正確な成績を得ることは不可能である。この時期、最も信頼性の高い情報は、西日本を中心とした肺がんの研究者らで組織していた西日本胸部腫瘍臨床研究機構(WJTOG)による統合解析であった。これはWJTOG所属84病院で“イレッサ”を用い治療された1,976例についてのretrospective analysisである。70例(3.6%)のILDが経験され31例(1.6%)が死亡している。

 “イレッサ”によるILDは男性、喫煙歴(有)、間質性肺炎の既往(オッズ比=3.10,4.79,2.8)と相関した。この研究では効果(奏効率)を左右する因子も検討され、女性、喫煙歴(無)、腺がん、全身状態(PS)良好などが同定された。ちょうどILDを発症しやすい患者と表裏の関係を示した。他施設の成績もほぼ同様で“イレッサ”治療の対象となる、或いは“イレッサ”投与を避けるべき患者が同定された。この結果は2006年のJCOに掲載されているが(Ando M. et al. J. Clin Oncol. 16: 2549-2556,2006)、実際データが得られたのは2003年でありEGFR変異が発見される前であった。

 アストラゼネカ社は2003年6月から12月の7カ月間に698施設と契約を結び、《イレッサ錠250プロスペクティブ調査(特別調査)》を行った。この調査目的は“イレッサ”の副作用発現頻度及び、危険因子(発生危険因子、予後因子)をできるだけ速やかに明らかにすることで、治療関連性急性肺障害・間質性肺炎に焦点を当てたものであった。この研究には“イレッサ”投与を受けた3,354名の患者が登録され、安全性評価可能対象症例は3,322例であった。急性肺障害、間質性肺炎の発現率は5.81%(193/3,322、判定委員会報告)で、発現症例中の死亡の割合は38.6%(83/215、母数は主治医判定に基づく成績)で安全性評価対象症例中の死亡例の割合は2.5%(83/3,322)であった。定常状態における血中濃度と急性肺障害・間質性肺炎の発現に関連はなかった。急性肺障害・間質性肺炎の発現因子(多変量解析)として、PS2以上の症例(p<0.0001)、喫煙歴を有する症例(p=0.004)、本剤投与時に間質性肺炎を合併している症例(p=0.016)、抗がん剤による化学療法歴を有する症例(p=0.032)で発現率が高かった。

 また、急性肺障害、間質性肺炎を発症した患者の予後(死亡)を左右する因子として男性の症例(p=0.006)、PS2以上の症例(p=0.020)が示唆され、専門家会議の報告と同様、これらの症例では発症後の死亡率が高いことが確認された。発疹(17.1%)、肝機能異常(11.11%)、下痢(11.05%)等の消化器症状の副作用の発現率も以前の報告と同程度であった(イレッサ錠プロスペクティブ調査に関する結果と考察:アストラゼネカ社,吉田茂:医薬ジャーナル、41,2,772,2005)。

 本調査は“イレッサ”投与を受けた症例のみを対象としているため、他の薬剤による急性肺障害・間質性肺炎の頻度との比較性は乏しいと思われる。また調査対象施設の“イレッサ”投与を受けた全症例が本調査に登録しているか否かも不明であるが、ある程度日常臨床の成績を反映する結果といえる。これらの研究によって間質性肺炎のリスク因子が明らかにされたこともあり、特別調査報告の後ILD報告はそれ以降どの3カ月をみても100名以下と減少した。しかし“イレッサ”を投与された患者の母数に対するILD及びILDによる死亡数の頻度は、時期に拘わらずどの報告を見ても同程度であり、販売開始直後は他の治療が無効となり何の治療手段もなくなった患者が多数存在し、“イレッサ”の販売開始を待っていたことが間質性肺炎の絶対数を増加したものと思われる。

 アストラゼネカ社は更に質の高いデータを得るため非小細胞肺がん(NSCLC)患者における“イレッサ”投与、及び非投与下での急性肺障害、間質性肺炎(ILD)の相対リスク及び危険因子を検討するためのコホート内ケースコントロールスタディを行った。この研究では“イレッサ”投与例におけるILDを殺細胞性抗がん剤との比較により相対リスクを推定しILD発症に対する危険因子を検討するとともに、その発症率を推定することを目的とした。がんの治療を行っている医師はこのような高度な技術を必要とする臨床試験にあまり馴染みがなく、得られる成績の信ぴょう性について多少の疑問を持っていた。しかし、ランダム化比較試験のfeasibilityが疑問視されたため、この研究に全国51施設が参加し登録が行われた。

 結果は日本医科大学内科学講座呼吸器・感染症・腫瘍内科部門教授(当時)の工藤翔二博士がAmer J. Respir Crit Care Med.に報告している(Kudo s et al, Amer J Repair Crit Care Med 177: 1348-1357,2008)。本試験は2003年11月から2006年2月に実施され4,473例の登録で終了した。結果のみを記載すると進行再発NSCLC患者における投薬開始後12週間以内の“イレッサ”によるILDのリスクは化学療法の約3.23倍であった。また治療開始後4週間以内でリスクは3.80倍、逆に5週目以降の8週間のリスクは2.51倍とやや低下した。すなわち“イレッサ”のILDは化学療法と比べ投与開始後早期に発症しやすいと示唆された。