“イレッサ”の有効性が、上皮成長因子受容体(EGFR)の変異の有無によって左右されることが広く知られている。しかしこうした特徴が臨床的に確固とした知見となるまでには紆余曲折があった。一部の海外研究者によるFISH法への偏愛など、解析に疑問を残す臨床試験もあった。個別化医療の推進にとって最も重要なバイオマーカーの評価が信頼性を欠いたことは大きな問題であった。こうしたEGFR変異をめぐる混迷からの脱却にあたって最も大きく貢献したのは、日本国内の研究グループたちであった。


前号までのあらすじ
 非常に効く患者もいるが、全体としての奏効率は試験ごとに異なり、その評価がはっきりしない。今日では常識となっている上皮成長因子受容体(EGFR)の変異が陽性の患者には高い奏効率を示すという“イレッサ”の特徴が見極められるまでには、患者選択がない多くの大規模臨床試験が実施され、いずれも明確な結果を得ることができなかった。分子標的治療薬の特性を知らず、既存の殺細胞性抗腫瘍薬の経験に基づき、多くの臨床試験を行ったが、残されたものは予測に反するデータの山だった。

間質性肺炎の発症とリスク分析

(イラスト◎なかがわ みさこ)

 今日ではゲフィチニブ(“イレッサ”)の最大の特徴として上皮成長因子受容体(EGFR)変異陽性の非小細胞肺がん(NSCLC)に有効であることが広く知られている。しかし、連載の第1回(2011年Spring号)でG.Blackledge博士との座談会で彼が述べたように、2004年までは標的がEGFRであると考えられてはいたが、遺伝子変異との関係には誰も気がついていなかった。

“EGFR変異陽性”の見極めは難しい
 EGFR発現頻度は、NSCLC40〜80%に加え、頭頚部がん80〜100%、乳がん14〜91%、神経膠腫40〜63%、膵がん30〜50%、腎細胞がん50〜90%、結腸・直腸がん25〜77%、膀胱がん31〜48%、卵巣がん35〜70%となっている。これらは主として免疫組織染色(IHC)で過剰発現を検討したものであるが、母体となる正常組織にももちろんEGFRは存在すると思われる。まずこの数字が大きな幅をもっていることは、IHCで過剰発現を検出する手技自身や判定方法の信頼性の乏しさを反映した結果ということもできる。発現の有無や程度、検体全体に占める陽性細胞の比率、判定基準等が統一されていないこと、報告毎に異なることなど解決すべきではあるが、不可能かもしれない問題も数多く残されている。

 ある臨床試験では細胞1個がIHCで染色されれば陽性と見なし研究が行われている(Pirker R, et al. Lancet 373:1525-1531, 2009)。正常組織のEGFRには変異は存在しないが、治療に用いる投与量で副作用がみられることは、変異のないEGFRに対しても“イレッサ”は十分作用していると思われる。しかし、EGFRに何らかの作用をすること自体が必ずしも腫瘍縮小効果をもたらすとは限らない。国内の第1相試験には前回で述べたように、31例の患者が登録された。非小細胞肺がん、大腸がん、頭頚部がん、乳がん、それぞれ23、5、2、1例であった。投与開始量は50mgで100mg、225mg、400mg、525mg、700mgと増量され、700mgの段階で6例中2例(下痢及びALT上昇)に用量制限毒性(DLT)を認め、この量を最大耐用量(MTD)とした。奏効例は225mg〜700mg投与例に5名にみられたが、全て肺の腺がんであった。なお間質性肺炎は1例もみられなかった(Nakagawa K et al. Ann Oncol. 14:922-30,2003)。

 国内の臨床第2相試験はIDEAL-1試験の一部として行われ(第2部参照)、102名の患者が登録され250mg、500mg投与群それぞれに51例であった。IDEAL-1の全体の奏効率は250mg、500mg投与群それぞれにおいて、18.4%及び19.0%であったが、日本人に限定するといずれかの投与量でも25%を超しており(非日本人は約10%)、明らかなethnic differenceを認めた。

殺細胞型とは異なる、副作用プロファイル
 “イレッサ”の副作用として最も頻度の高いものは皮膚炎、消化器症状(下痢、嘔気、嘔吐、食欲不振)、肝機能障害であり、治療用量250mgの投与においてもみられるが、投与量が500mgに増えると頻度も高くなった。しかしこれらの副作用の程度は軽く、また殺細胞性抗悪性腫瘍薬投与時にみられる骨髄抑制は全く認められていない。IDEAL-1試験では2名の間質性肺炎を認めた。いずれも500mg投与群であった。1名の患者は腫瘍増悪による薬剤投与中止で回復した。

 他の1名は全身倦怠による“イレッサ”投与中止3日後に間質性肺炎を認め5週間後腫瘍の増悪によって死亡した。両者とも抗生剤、ステロイドホルモン、酸素療法を行ったが間質性肺炎、肺線維症が直接死因とは考えられなかった(Fukuoka M et al. J. Clin Oncol 21: 2237-2246,2003)。

 これら第1相試験、第2相試験でみられた副作用の種類は殺細胞性抗悪性腫瘍薬と異なった。また米国国立がん研究所で作成された副作用判定基準に基づき評価した造血障害等の副作用の程度や頻度は、従来の抗がん剤と比べ明らかに低かった。

 通常の新薬の場合、治験終了後製造あるいは輸入承認の申請が行われると、承認までの期間その薬剤を使用することができなくなる。“イレッサ”は第1相試験及び、第2相試験の間に目覚ましい抗腫瘍効果を示した症例があったため、2001年8月〜2002年7月(販売開始時)までの12カ月間、国内の患者が海外のEAP(Expanded Access Program:治験外薬剤提供)へのアクセス(個人輸入)によって薬剤供給を受けた。この間に296例の患者がEAPに登録された。296名中間質性肺炎を認めた症例は2例で、そのうち1例は死亡例であった(アストラゼネカ社より提供)。